コラム

5番街のアパートの家賃が500ドル!?

2009年10月11日(日)13時09分

 先日ニューヨークのニュース専門ケーブルテレビNY1を見ていたら、ニューヨークの賃貸事情を知っている人でなければ理解できないようなニュースを放映していた。それは、1年契約の家賃を最高3%値上げし、2年契約の場合は最高6%値上げすることが決まったというニュースだった。

 ニューヨークには「家賃の安定化 rent stabilization」という規制があり、その対象となっているアパートが数多くある(主に1947〜1974年の間に建てられたもの)。これらのアパートでは、家主は自分が望む家賃(つまり市中相場)を設定することができない。市当局が定める範囲でしか値上げできないため、もう何十年もの間、相場よりもずっと割安な値段に抑えられている。

 ニューヨークの中産階級にとっては公的な家賃補助みたいなもの。「家賃安定化」の対象となっているアパートの家賃は、たいてい1カ月2000ドルを超えることはない。ワンベッドルームの小さな部屋だとしても、マンハッタンでは破格の安値だ。5番街の部屋が1940年代と変わらない500ドルで借りられるという噂もある。

 この安さゆえ、こうしたアパートに住んでいる人は誰も退去しない。入居者が死んだり、隠居のためにフロリダに移り住むような場合は、入居の「権利」はかわいい甥や親しい友人に譲られることになる。

 ニューヨークの中流層は、貧困層には家賃の安い公的住宅や食料配給があり不公平だと文句を言ったりするが、彼らにはこのユニークな「家賃補助制度」があることを忘れてはいけない。

■『フレンズ』に出てくるアパートも「家賃補助」の対象?
 
 前回のブログで書いたが、僕はニューヨークを何回も引越ししている。そのうち2回だけ「家賃安定化アパート」を短期間又借りしたことがある。1つはマンハッタン最南端のバッテリー・パークの近くで、ハドソン川とワールドトレードセンターの間にあった。もう1つは、セントラルパークから歩いて4分のアッパーウエストサイドにある部屋だった。

 どちらのアパートも、広くも豪華でもなかった(家賃で回収できないから、家主は改築や改装にあまり投資しない)。ただし家賃は、周囲のアパートの相場の半分程度だったと思う。どちらのケースでも入居希望者は複数いたのだが、ラッキーなことに入居者は僕を選んでくれた。片方のアパートでは僕は入居者の「友だちの友だち」で、もう1軒の場合は入居者の男性が僕を「金のない同類のアーティスト」だと思って情けをかけてくれたようだ。

 僕はコメディードラマ『フレンズ』がずっと嫌いだった。まるで仕事に精を出さない哀れな若者たちが、あんな優雅なアパートに住む設定をばかげていると思っていたからだ。でも今はわかる。「家賃安定化」制度のおかげで、安い家賃でああいうアパートを借りることも可能なのだ。『フレンズ』のみんなが立派な部屋を借りているからといって目の敵にするのではなく、甘やかされた中産階級の若者たちに腹を立てるべきなのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

政策金利、今年半ばまでに中立金利到達へ ECB当局

ビジネス

米四半期定例入札、発行額据え置きを予想 増額時期に

ビジネス

独小売売上高指数、12月前月比-1.6% 予想外の

ワールド

トランプ氏の米国版「アイアンドーム」構想、ロシアが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story