コラム

アメリカで起きている偽情報対策へのバックラッシュ

2023年07月03日(月)19時45分
フェイクニュース

偽情報対策を政治が押しつぶそうとしている...... McLittle Stock-shutterstock

<日本が偽情報対策先進国とみなすアメリカでは偽情報対策への反動が起きている。偽情報対策を政治が押しつぶそうとしている。>

アメリカの偽情報対策は効果ではなく、政治的効果が優先されている

先日、日本政府はNATOとの協力を強化することを発表し、そのひとつとして偽情報対策もあげていた。しかし、日本が偽情報対策先進国とみなすアメリカでは偽情報対策へのバックラッシュが起きている。偽情報対策を政治が押しつぶそうとしている。偽情報、デジタル影響工作の根本は国内問題であり、そこから目を背けて海外からの干渉にだけ集中しても効果はできない。効果が出たと思っても次から次へと別の問題が発生する。なぜなら国内問題が解決されない以上、問題はつきないからだ。自国で行っている研究活動を自国の政治家が潰そうとするのはそれを象徴している。

ichida2023070a.jpg

偽情報、認知戦、デジタル影響工作などさまざまな呼び方をされているが、主としてネットを介して相手国に混乱を起こしたり、世論を誘導する試みを指す。主戦場となるのはSNSだが、SNSプラットフォームの多くはアメリカの民間企業が運営しており、思うように対策は進んでいない。言葉を換えればアメリカという国はさまざまな国を偽情報の戦渦に巻き込み、世界中に被害を拡大している張本人と言える。

この言い方が決して誇張や当てこすりではないことを証明するような事態がアメリカで起きている。偽情報、認知戦、デジタル影響工作を研究している個人や機関に対して、データ提供、議会召喚、告訴などが続いているのである。ターゲットになったのは、デジタル・フォレンジック・リサーチ・ラボを擁するシンクタンク大西洋評議会、ワシントン大学、スタンフォード大学、ニューヨーク大学、ジャーマン・マーシャル基金、市民権に関する全国会議、サンフランシスコのウィキメディア財団、オンライン偽情報を調査する会社グラフィカなどである。実際にはターゲットはもっと多いが、詳細なリストは公開されていない。

また、偽情報などをばらくまくサイトへの広告収入を断つことは重要な偽情報・デジタル影響工作のひとつだが、広告主の団体にも召喚状を送っている。

中心になっているのは下院の司法委員会で、委員長のジム・ジョーダン下院議員が先導している。彼らの主張によれば研究者たちとアメリカ政府の間には結びつきがあり、政府の要請に基づいて保守派の言論を抑圧してきたというのだ。SNSプラットフォームなどのテック企業もそれに協力してきたという。

この活動は2015年からすでに始まっており、政府とかかわりのあるメモや電子メールなど莫大な情報提供を求めるなど、研究者に対して嫌がらせに近い要求を行ってきた。

彼らが特に注目しているのはスタンフォード大学とワシントン大学が2020年の選挙の際に始めたElection Integrity Partnershipと、スタンフォード大学のコロナに関するVirality Projectだ。インターンで働いていたボランティア学生にまで情報提供を要請しているという。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story