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あなたの知らない「監視資本主義」の世界
監視資本主義の次の段階
監視と予測は単なる広告に留まらず、健康、保険、自動車などさまざまな分野に広がっている。さらによりマクロな予測も可能と言われている。たとえば6億人の利用者を持つ中国のBaiduは、そのデータを同社のビッグデータラボで解析して、失業率や消費指数などを予測できると公言している。もしそれが本当ならグーグルも同じことができるだろう。
すでに監視資本主義は次の段階に移り、リアルを浸食している。Pokemon GOは人々をリアルな行動に駆り立てることが可能であることを示した(一部の人は他人の家の庭に入り込むなど犯罪行為まで行った、罪の意識もなく)。ロボット掃除機ルンバは掃除を通じて収集した利用者の家の見取り図を作成して商品化する予定だし、スマートTVは視聴内容をリアルタイムで記録する(ゲームやDVD、スカイプなどの視聴も記録できる)。人がTVを見ている以上にTVは人を観察しているのだ。24時間健康状態をモニターするウェラブル機器も当たり前になっている。
そしてスマートホームやスマートシティでは、住人は24時間包括的な監視システムの監視下におかれる。スマートシティにおいては、ミクロな個々人の行動から経済活動まで監視、予測し、監視資本主義企業と自治体の利益を最大化するための最適な運営を行う。
グーグル傘下のSideWalkはオハイオ州コロンバスで3年間のスマートシティの実験を行っている。同社のFlow Transit systemは全ての交通機関(公共交通機関からUberまで)と駐車スペースの情報と決済をグーグルマップに統合し、決済を同社に一元化しようとしている。駐車スペースの料金は同社のAIが需要動向を踏まえてリアルタイムに決定し、自治体と同社の利益を最大化する(つまり市民の負担は増加する)。同社はさらに16の都市と提携する予定だ。
もはやSNSを使っていない人間も生きているだけで監視資本主義に組み込まれる。人間の自由意思は考慮されないが、そこに暮らす人々はそのことを意識しないだろう。
監視資本主義の最大の問題は、行動を監視し、予測、誘導することにある。人間の意思やアイデンティティには無関心だ。未来の行動を確実に予測、誘導、商品化し、利益を最大化しようとする。民主主義とは相容れない。
『The Age of Surveillance Capitalism』にはグーグルやフェイスブックが利用者から情報を搾取することに腐心している事例が嫌と言うほど登場する。たとえば、2016年にアメリカ当局はグーグルに銀行強盗の位置情報の提供を求めた。日本だったら通信会社に提供を求めるところなのだが、グーグルに頼んだことには理由があった。GPSを追跡できるのはもちろん、犯人がAndroidのスマホを利用していた場合、位置情報をオフにしてSIMを抜いていても近い場所の3つの基地局からの距離を測定し、3点法で正確に位置を特定できるのだ。グーグルはいつでもAndroid利用者の位置を特定できるということだ。
グーグルのストリートビューは誰からも承認を得ずに勝手に世界中を撮影し、同時にWi-Fiのデータまで収集していたし(その後、オプトアウトを受け付けるなどの対応を行った)、2016年にはAndroidにプリインストールされているGoogle Playアプリが利用者の位置情報を継続的にチェックし、グーグルのサーバーとサードパーティに送信していたことが暴露された。
グーグルやフェイスブックが直接、間接的にネット利用者をトラッキングしており、無数にあるサイトの中でグーグルのトラッキングはもっとも多いだという調査がいくつもある。フェイスブックは広告主にターゲットとなる利用者の電話番号、メールアドレスなどを渡していたことが2012年に暴露された。グーグル、Amazon、マイクロソフトはスマホなどの音声を収集しており、定期的にレポートにまとめている。彼らは口をそろえて、機能向上のために収集するもので、個々人を特定できないと説明していたが、容易に特定できることが後にわかった。本書には無数のこうした事例が紹介されている。
また、監視資本主義企業にとって、自由な活動が行えること、特に法制度の制限がないことはきわめて重要である。そのためにグーグルはアメリカ政府と緊密な関係を築いてきた。幸い(?)アメリカ政府もグーグルを必要としていた。NSAを始めとするアメリカの諜報機関とグーグルの協力関係は前例がないほど緊密だという。アメリカ政府はサイバー空間における安全保障のためにシリコンバレーの協力を必要としているとまで書かれている。ロビイスト活動も活発で、ホワイトハウスと人的交流も行っている。The Washington Postがグーグルを「ホワイトハウス影響力の達人」と呼んだほどだ。GDPRや独占禁止法の適用など法制度の網もできつつあるとはいえ、どこまで実効性あるかまだわからない。
以上が『The Age of Surveillance Capitalism』の概略である。概要を紹介した記事は日本語でもいくつかあるが、それぞれ微妙に異なっている。それも当然で、この本は分厚いうえ(700ページを超える)、そこで扱われている内容は多岐にわたり、かつ事例などの情報が莫大である。紹介する際の力点の置き方で見え方はだいぶ異なってくる。
この本に関心を持った方のために申し添えておくと、『The Age of Surveillance Capitalism』は読むのが大変である。ページ数が多いこともあるが、それ以上にやっかいなことがある。マルクス、ウェーバー、ピケティ、エリクソン、B.F.スキナー、ハイエク、ハンナ・アーレントなどを幅広い分野の知識を持っている前提で書かれているように見える。特にマルクスの影響が色濃く出ている。B.F.スキナーにいたっては、彼が書いた『ウォールデン・ツー』というユートピア小説が何度も参照される。B.F.スキナーを知っていても小説まで読んでいる人は稀だろう(さすがに本文中にあらすじを紹介してくれている)。私はたまたま大学で組織論、理論社会学、統計学、政治学、教育学、動物行動学、近代経済学のゼミに参加していたおかげで、大半はなじみがあった。しかしマルクスはあらためて確認した。『資本論』を人生で再び読む機会が訪れるなんて全く予想していなかった。読みやすい邦訳が出るまで待つ方が得策と思うが、出ない可能性も高そうだ。出ても充分な注釈が加えられないと理解しにくいだろう。
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