コラム

ロシアがアメリカ大統領選で行なっていたこと......ネット世論操作の実態を解説する

2020年08月19日(水)17時30分

日本の政府とメディアがロシアを強く批判しないのはなぜか?

最後に前回、取り上げた疑問の「嫌露感情の強い日本で、政府もメディアも強くロシアを批判しない理由」について書いておく。

日本は世界有数の嫌露国である。Pew Research CenterのGlobal Indicators Databaseによると嫌中感情なみに嫌露感情があるようだ(グラフ参照)。なお、グラフには比較のため、アメリカのデータを加えてある。10年間、ほとんど変わらない人気のなさである。

ichida0819d.jpg

にもかかわらず日本政府やメディアがロシアをあからさまに非難するのはあまり見かけない。中国に対する批判の多さや露骨さに比べると明らかに少ない。理由のひとつは中国の領海侵犯が多いことはあるだろう。近年では香港の抗議活動に対する弾圧でも批判が多い。しかし、ロシアは北方領土を返還していないうえ、言論や人権の弾圧は中国と変わりないひどさである。いくらでも批判すべき点がある。

ここで思い出すのは、プーチンならびにロシア政府に大きな影響を与えていると言われる前出のアレクサンドル・ドゥーギンの主張と、ミトロヒン文書=ロシアの諜報工作である。

ドゥーギンは、対アジア政策のモスクワ・東京枢軸では、北方領土を返還し、対露感情を好転させ、日本の政治をコントロールし、封じ込めることを主張していた。ロシアはおおむねドゥーギンの主張に沿った展開を行っているが、いくつか現実の施策とは異なる点があり(黒岩幸子)、北方領土の返還に応じていないこともそのひとつだ。そして対露感情は悪いままだが、政府とメディアはまるでコントロールされているかのように強い批判を行っていない。当然、なんらかの方法で政府とメディアをコントロールしているのではないかという疑問が湧く。

ミトロヒン文書は、1992年に旧ソ連からイギリスに亡命したKGB幹部ワシリー・ミトロヒンが持ち出したロシアの諜報活動に関する機密文書である。『Mitrokhin Archives I』、『Mitrokhin Archives Ⅱ』として出版されている(筆者の知る限り邦訳はない)。日本に対する諜報活動の記録もあり、大手新聞社や政治家などを操っていたことが記されている。ミトロヒン文書以外にもアメリカに亡命したKGB大佐レフチェンコなど、旧ソ連の諜報活動が日本政府中枢およびメディアに浸透していたことを示す事件があった。

ロシアになってからも活動は継続しているようで、今年に入ってからも「ロシア側に営業秘密提供か ソフトバンク元社員、容疑で逮捕―警視庁」(時事通信)といった事件が起きている。個人的にも思いあたることはある。知人のサイバーセキュリティ専門家が海外のカンファレンスに出席すると、ロシアの研究者から「ロシアに遊びに来いよ」と誘われるし、東京の某所のCIS諸国の美女たちのいるクラブにはサイバーセキュリティ関係者が誘蛾灯に集まる虫のように集まっていた。

ここからは憶測であるが、旧ソ連崩壊後もロシアの対日工作が継続しており、政府とメディアをコントロールできているとすればロシアにとって、それ以上なにもする必要はないと考えられる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

伊銀行2位ウニクレディト、3位BPMに買収提案 約

ワールド

印マハラシュトラ州議会選、モディ首相の連合が勝利へ

ビジネス

ECB金融政策、制約的状態長く維持すべきでない=レ

ビジネス

日経平均は続伸、米経済の底堅さ支え 米財務長官人事
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story