コラム

マイケル・ジャクソン=イスラーム改宗説を思い出す

2017年01月24日(火)16時33分

マイケルがバハレーンでCDを出す計画があった

 なお、このバハレーンというのはジャクソン家にとっては縁の深い地で、2005年に、ジャーメインの弟、マイケルが、児童への性的虐待などの裁判で無罪判決を勝ち取ったのち、しばらく拠点を移していた場所としても知られている。このとき、世界中で批判にさらされ、債務返済に窮していたマイケルを招待し、経済面などで面倒をみていたのが、アブダッラー・ビン・ハマド・アール・ハリーファであった。

 この人物、「アール・ハリーファ」という名前からもわかるとおり、バハレーンの王族ハリーファ家の一員で、しかも、父のハマドが国王、兄のサルマーンが皇太子というサラブレッドなのだ。ただし、どうやら政治には無頓着で、関心はもっぱら音楽とモータースポーツのほうに向いているらしい。2人のあいだの仲立ちをしたのが、王子の友人でもあったジャーメインだという説もある。

 アブダッラー王子とマイケルは共同レーベルTwo Seas Recordを作ったのだが、このレーベル名は「バハレーン」というアラビア語の英訳である(「バハレーン」はアラビア語で「ふたつの海」の謂)。このレーベルを通じて、王子とマイケルがチャリティーCDを出す計画が公けにされ、またマイケルがバハレーンにモスクを建設するだのとの噂も出ていた。その一方で、アバーアを着用して街中を歩くなどの奇行も報じられた。

 しかし、蜜月期間は長つづきせず、2006年5月にはマイケルはバハレーンを出てしまう。そして、その後、2008年に王子はロンドンの高等法院に470万ポンドの返済をマイケルに要求する訴訟を起こしたのである。この金額には、マイケルが手放すことになるネバーランドの維持経費、裁判費用、チャリティーCDのための必要経費などが含まれているという。結局、この裁判では示談が成立したようだが、その内容についてはわからなかった。残念ながらチャリティーソングも公開されていない。公開されていれば、作詞作曲アブダッラー・ビン・ハマド・アール・ハリーファ、歌マイケル・ジャクソンという怪作になっていたはずなのだが。

 もうひとつ重要なのはマイケルの場合、ずっとイスラームに改宗したとの噂が絶えなかったことであろう。とくにアラビア語メディアではインチキ臭いものが多いが、概してこの説には熱心なようだ(YouTubeを検索すると、マイケルの歌やビデオをイスラームで解釈するというクリップがたくさんみつかる)。兄のジェーメインは、マイケルがもう少しで改宗しそうだったと主張している。彼によれば、マイケルはイスラームに対し強い関心をもっており、ジャーメインはマイケルにサウジアラビアで出版された多数のイスラームに関する書を与え、マイケルはそれらを熱心に読んでいたという。となると、仮に彼が改宗するとなると、サウジアラビア版イスラーム(いわゆるワッハーブ派、ちなみにカタルもワッハーブ派である)ということになったのであろうか?

 だが、つい先日も、サウジアラビア最高の宗教権威で総ムフティーのアブドゥルアジーズ・アールッシェイフは、音楽は腐敗堕落しているとの説を出したばかり。草葉の陰でマイケルは何を思うのか?

【参考記事】追悼 マイケル・ジャクソン
【参考記事】完璧な葬送~マイケル・ジャクソン追悼式

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story