アングル:米国の三権分立揺るがすトランプ氏の権力行使、司法が唯一抵抗

トランプ米大統領(写真)がホワイトハウスに復帰して以来の権力行使は、18世紀に確立された米国の憲法上のチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)体制を試練にさらしている。2024年11月、大統領選のキャンペーン中だったペンシルベニア州ピッツバーグで撮影(2025年 ロイター/Brian Snyder)
John Kruzel
[ワシントン 21日 ロイター] - トランプ米大統領がホワイトハウスに復帰して以来の権力行使は、18世紀に確立された米国の憲法上のチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)体制を試練にさらしている。トランプ氏と同じ共和党が多数を占める議会はおおむね同氏の政策に同調しているため、次々と繰り出される大統領令を抑え込む唯一の存在として浮上しているのが、連邦裁判所の判事らだ。
トランプ氏による対外援助や連邦支出の削減、政府職員の解雇、1798年の「敵性外国人法」に基づく強制送還などについて裁判所は実行を阻む命令を下している。連邦裁判所判事らは、政権が命令をどこまで順守するのかを厳しく精査している。
連邦地裁判事は、ベネズエラの犯罪組織メンバーの迅速な強制送還を停止するよう命じた。トランプ氏は前週、この件について議会での弾劾を要求したが、ロバーツ最高裁長官は同氏の発言を非難した。
米国の建国の父らは憲法で三権分立を確立し、行政、立法、司法の各機関が互いの権力をチェックし合うよう設計した。
ジョージタウン大のデービッド・スーパー教授(法学)は、トランプ氏が「他の2つの政府部門を明らかに犠牲にし、大統領権限を拡大するために非常に積極的に動いている」と話す。
アメリカン大ワシントン法科大学院のエリザベス・ベスケ教授は、トランプ政権による憲法上の秩序の再構築は「段階的に進んでいる」と指摘した。
トランプ政権は、行き過ぎているのは大統領ではなく司法だと主張している。トランプ氏は20日、最高裁に対し、連邦判事らが政権による全国的な措置に差し止め命令を出す権限を制限するよう求めた。
トランプ氏はソーシャルメディアに「手遅れになる前に、全国的な差し止め命令を今すぐやめよ。ロバーツ最高裁長官と最高裁が、この有害で前例のない状況を直ちに正さなければ、わが国は非常に深刻な事態に陥る!」と投稿した。
<単一執行府論>
法律の専門家によると、トランプ氏は監察官や各種機関の長官を解任するなど、行政機関内のチェック機能を弱体化させることも狙っている。これらの職は、大統領の管理からある程度独立性を持たせる狙いで議会が導入したポストだ。
トランプ氏の広範な権力行使の一部は、いわゆる「単一執行府」論に沿っている。この保守的な法的見解では、大統領は行政部門に対して広大な権限を有しているとされる。独立機関の長官が不当に解雇されることがないよう議会が制限を課そうとした場合でさえだ。
単一執行府論を提唱するカリフォルニア大バークレー校法学部のジョン・ユー教授によると、トランプ氏は大統領権限を、ウォーターゲート事件の後に実施された改革以前の水準に戻そうとしている。同事件でニクソン大統領(当時)は1974年に辞任したが、この際の改革は大統領の権限を犠牲にして議会の権限を増大させたとユー氏は主張する。
ユー氏は「トランプ氏の行動の多くは、ウォーターゲート事件後の改革を覆し、行政機関に対する大統領の完全な支配権を復活させる試みだと理解できる」と語った。
にもかかわらず、共和党主導の現議会はトランプ氏にほとんど反発していない。ハーバード大公共政策大学院(ケネディ・スクール)のベンジャミン・シュニアー教授(公共政策学)によると、これは米国で2大政党間の不信感が深まる中、「三権分立」から「政党分立」へと向かってきた数十年来の傾向とほぼ一致している。
トランプ氏の返り咲き以来、議会が行政のチェック機能をほとんど放棄したことで、こうした力学は増幅されているとして「これが今、私たちが生きている新しい世界だ」と語った。
ブッシュ元大統領に任命された元連邦高裁判事、トーマス・グリフィス氏は討論会で「議会は大統領権限を制限することに特に関心がないようだ。そのため、大統領による権限行使に異議を唱える訴訟が起こされている」と説明した。
トランプ氏が権限を行使して次々と行政機関高官らを解任した問題が、裁判で争われている。うち連邦高裁はトランプ氏によるデリンジャー特別検察官局(OSC)局長の解任を認め、トランプ氏が勝利を収めた。
<トランプ氏に逆風の判決>
現在、トランプ氏および政権の政策に異議を唱える100件以上の訴訟が連邦裁判所で審理されている。 これまでに、米国で生まれた子どもに自動的に国籍を与える出生地主義制度の制限、連邦政府支出の凍結、さまざまな政府役人の解任、トランスジェンダー兵士の除隊といったトランプ氏の措置を差し止める判決が数十件下されており、その多くは民主党所属の大統領が任命した判事らによるものだった。ただ、全員というわけではない。
一部の専門家によると、現政権は最近の政権では見られなかったような司法命令への抵抗を示している。
デューク大法学部のマリン・レビー教授は「これはいくら強調しても、し過ぎではない。今に至るまで、現代において政権が裁判所の命令に従うかどうかを疑わなければならなかったことなど一度もなかった」と嘆いた。
FOXニュースの番組で裁判所の命令に逆らうかどうかを問われたトランプ氏は「いや、それはできない」と答えた。だが、続けて「悪い判事がいる。非常に悪い判事がいる。許してはならない判事だ。悪徳判事がいる場合にどうするかを、ある時点で考えなければならないと思う」と話した。
トランプ氏と親しい下院議員らは、トランプ氏に不利な判決を下した裁判官の弾劾手続きを進めようとしている。
最高裁は、大統領2期目でのトランプ氏の措置に対する異議申し立ての法的妥当性について、まだ判断を下していない。つまり、大統領の権限を抑制するために最高裁がどの程度行動を起こすのかは依然として不透明だ。最高裁はこれまでに、手続きに関する2つの判決でトランプ氏に一時的な打撃を与えている。
最高裁は保守派が6対3で多数を占めており、うち3人はトランプ氏が1期目に任命した判事だ。トランプ氏は3月13日、出生地主義制度の見直しを認めるよう最高裁に申し立てている。
シアトルの地裁のジョン・コフナ―判事は、トランプ氏の出生地主権に関する命令は「明らかに違憲だ」と警鐘を鳴らす。
コフナー氏は2月6日の公聴会で「世界の歴史には、人々が振り返って『弁護士はどこにいたのか、裁判官はどこにいたのか』と問う瞬間がある。こうした瞬間において、法の支配は特に脆弱(ぜいじゃく)になる。私は今日、その灯を消させはしない」と語った。