アングル:輸入米と価格下落で困窮、歯車狂うフィリピンのコメ産業
11月7日、フィリピンの首都マニラの南西にある東ミンドロ州でコメ農家を半世紀続けてきたアレックス・キノネスさん(62)はこの夏、初めて自分の水田が干上がってしまった。写真は2018年1月、アルバイ州ダラガの水田で撮影(2024年 ロイター/Romeo Ranoco)
Mariejo Ramos
[マニラ 7日 トムソン・ロイター財団] - フィリピンの首都マニラの南西にある東ミンドロ州でコメ農家を半世紀続けてきたアレックス・キノネスさん(62)はこの夏、初めて自分の水田が干上がってしまった。多くの近隣農家は、街路清掃で生活資金を稼がざるを得なくなっている。
キノネスさんはトムソン・ロイター財団に「コメ一粒も収穫できなかった。これほどの干ばつは過去に経験したことがない」と嘆く。
複数の農業団体によると、フィリピンでは大量の輸入米に国内のコメ取引価格低迷、設計がうまくいっていない補助金制度の「トリプルパンチ」を受けた多くの零細コメ農家が、廃業に追い込まれている。
キノネスさんは地元コメ農家約300軒で結成する団体のリーダーで、一部の農家は食べるためや借金返済のために建設業や街路清掃、廃棄物収集などの仕事に就いていると明かす。
急変する天候に加え、2020年以降で60%近く増加した輸入米も近年は収入に打撃を与え、流通業者による買い取り価格は生産コストぎりぎりになっているという。
フィリピン政府は、エルニーニョ現象の発生によって5月段階で農業セクターは95億ペソ(1億6170万ドル)の損失を被ったと発表した。
国民の4人に1人が農業に従事するにもかかわらず、フィリピンは現在世界最大のコメ輸入国になったことが、米農務省のデータで分かる。
1億1300万人を超える人びとの消費を賄う目的でフィリピン政府は5年前、コメ輸入の全面自由化を認める「コメ関税化法」を施行した。国内農家の痛みを軽減する措置として輸入関税率を35%から40%に引き上げた。今年の輸入量は過去最高の470万トン、来年はさらに490万トンに上り、中国やインドネシア、欧州連合(EU)、ナイジェリア、イラクといった他の主要輸入国・地域を上回る見通しだ。
一方、こうした大量の輸入米や災害支援措置の欠如に伴ってコメ農家は撤退や貧困に陥り、フィリピンは食糧を外国に依存する状況に置かれてしまった。
女性農家の地域団体とコメ問題監視団体の代表を務めるキャシー・エスタビジョ氏は「わが国のコメ農家と消費者を失望させ続けてきたコメ関税化法を撤廃する潮時だ」と訴えた。
9月には超大型の台風11号(フィリピン名エンタン)も襲来し、農業と畜産業は22億ペソを超える被害を受け、5万9000軒強の農家と3万7000ヘクタールの農地に影響が及んだ。
北部ビコル地方では、収穫準備が整っていた約90%のコメ農家が台風被害に遭ったとされる。エスタビジョ氏は、こうした気候変動災害で被災した農家はまだ政府から何の補償も得られていないと憤る。
<価格低迷>
コメ関税化法では、年間で100億ペソ相当の輸入関税収入を「コメ競争力強化基金」に投入し、国内農家を支援すると想定されている。新しい農機購入や種子開発、繁殖などの取り組みに使う資金となる。
しかし、ある農業団体のデータでは、コメ関税化法施行初年に国内農家は推定で900億ペソの損失を抱えたことが判明している。輸入の全面自由化を受け、流通業者が買い取り価格を切り下げたためだ。
この間、農家の収入は生活費の半分に過ぎなかった。
国内屈指の米どころ、ヌエバエシハ州では取引価格が最安値を更新する中で、多くの農家が破産した。
<効果のない支援の枠組み>
フィリピン政府は昨年、コメ輸入関税収入が過去最高の300億ペソに達した。しかし、苦境が続く国内農家の支援にはほとんど役立っていない。
コメ関税化法は、政府が毎年50億ペソを農協や関連団体、地方政府傘下の農機購入組織などに拠出することを定めている。
実際、政府によると、3月時点で2万6000台を超える農機を供給し、数百万軒の農家に恩恵が行き渡ったという。
ところがエスタビジョ氏は、多くの零細農家は農協などの団体に属していないので、この供給ルートから除外されていると指摘。「より多くの農家は依然としてトラクターや稲刈り機をレンタルしている。年間100億ペソの関税投入では生産コストを50%下げるには不十分だ」と主張した。
農家の間では、肥料の提供が十分でない、あるいは種籾が配られる時期が遅すぎたり、種もみが古過ぎたりするといった不満も聞かれる。
エスタビジョ氏は「輸入関税が農機や肥料、殺虫剤(の配布)を通じて還元され、生産コストを押し下げるのが理想だが、現実の効果は乏しく、農家に競争力をもたらしていない」と言い切った。
同氏は、約10万軒の農家が政府にコメ関税化法の撤廃と国内のコメ生産力強化、農家の所得支援を求める嘆願書に署名したと明らかにした。
今年の収穫がゼロだったキノネスさんのような農家は、来年6月の田植え時期の費用を捻出するための借金さえなかなか目処が立たず、将来の収入も風前のともしびになっている。
キノネスさんは「政府は各戸に米作のための3万5000ペソの融資をすると約束した。(しかし)今に至るまで何も受け取っておらず、どうやって農作業を始めれば良いのか途方に暮れている」と話した。
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