ニュース速報
ワールド

アングル:学校から排除されたアフガン少女、頼みの綱は衛星放送

2024年09月15日(日)09時55分

アフガニスタンで暮らす16才のプリナ・ムラディさんは、毎日、朝食を済ませるとテレビに向かう。映画やアニメを見るためではない。数学や科学、文学の勉強が目的だ。写真はカブールで2021年10月、自宅で読書する女性(2024年 ロイター/Zohra Bensemra)

Emma Batha Orooj Hakimi

[11日 トムソン・ロイター財団] - アフガニスタンで暮らす16才のプリナ・ムラディさんは、毎日、朝食を済ませるとテレビに向かう。映画やアニメを見るためではない。数学や科学、文学の勉強が目的だ。

2021年以降、学校には行っていない。イスラム主義組織タリバンが国内を制圧し、女子が中等教育を受けることを禁じてしまったからだ。

だが彼女は今、大急ぎで遅れを取り戻しつつある。学校から締め出されてしまった少女たちのために、アフガニスタンのカリキュラムを丸ごとフランスから放送する衛星テレビ番組のおかげだ。

首都カブールの自宅で、ムラディさんは「希望がよみがえった」と語る。「これは無知との戦いだ」

この「ベーグムTV」は、アフガン系スイス人の起業家ハミダ・アマン氏の発案によるものだ。アフガニスタンの少女と女性を支援する非営利団体「ベーグム・オーガナイゼーション・フォー・ウィメン(BOW)」の創設者である。

昨年11月、BOWは「ベーグム・アカデミー」を立ち上げた。アフガニスタンの中等教育課程を網羅する約8500本の動画を、同国の公用語であるダリー語、パシュトー語で配信するデジタルプラットフォームだ。

ところが、アフガニスタンの少女の大半はインターネットを利用できない。そこでアマン氏は3月、より多くの視聴者に向けて「ベーグムTV」を開始した。

アマン氏はトムソン・ロイター財団に対し、「アフガニスタンで最も有力なメディアはテレビだ」と語った。

「政治への介入や体制打倒といったことを考えているわけではない。私たちの使命は、日々苦しんでいる姉妹たちを支援し、教育面で子どもたちを支えることだ」

学校教育から女子を排除している国は、世界でもアフガニスタンだけである。

またタリバンは、女性が大学で学ぶことや大半の職業に就くことを禁じ、移動の自由を制限するなど、1996年に最初に権力を握った時期に課した厳しい制限を復活させつつある。

公共の場で女性が話したり顔を見せたりすることを禁じる新たな法律は、新たに国際的な怒りを呼び起こしている。

<非合法の学校も>

最初のタリバン政権が終焉(しゅうえん)を迎えた2001年以降、女子教育は大きな前進を見せ、学位を取得しキャリアを重ねる女性の数は増加した。だが今、その成果は損なわれつつある。

ムラディさんは、学校から追い出された日について「胸が張り裂けるような思いだった」と語る。

「弁護士かジャーナリストになりたかった。でもアフガニスタンの崩壊とともに、私の夢も崩れ去ってしまったような気がした」

国連教育科学文化機関(ユネスコ)によれば、中等教育からの女子排除はすでに約140万人の少女に影響を及ぼしている。毎年、初等教育を修了する女子生徒の分だけ、この数字は増えていく。

ムラディさん一家は2022年にアフガニスタン北部から首都カブールに引っ越してきた。この街で密かに運営されている「地下学校」にムラディさんを通わせるためだ。

だが両親は、ムラディさんが捕まるのではないかといつも心配していた。

それだけに、ベーグムTVが登場し、自宅でも学習が可能になったのはありがたかった。

2人の兄弟が学校に向かう一方、ムラディさんはテレビの前でノートを広げる。

学ぶのは、兄弟と同じ全国共通カリキュラムだ。ただし、停電のせいで授業は頻繁に中断される。

得意科目は数学とダリー語文学だという。

<メディアへの圧力>

ユネスコのメディア専門家アントニア・イザールパーティ氏は、テレビなどのメディアは教室での授業の代用にはなり得ないが、教育面でのギャップを埋めるという意味でその意義はますます大きくなっている、と話す。

何らかの教育的なコンテンツを提供するラジオ局、テレビ局はたくさんあるが、特に少女を対象としてカリキュラムを丸ごと放送しているメディアはベーグムTVだけである。

皮肉なことに、ベーグムTVのヒントを与えてくれたのはタリバン自身だとアマン氏は言う。

タリバンが再び権力の座に就く5カ月前、BOWは女性・少女向けに教育番組、娯楽番組を含むFM局「ラジオ・ベーグム」を立ち上げていた。

タリバンは「ラジオ・ベーグム」の教育番組を批判していないが、他のコンテンツの一部について同局に圧力をかけている。

タリバン政権の当局者はアマン氏に、当局としては放置できないとしつつ、ベーグムが衛星放送だったら何も手を出せないと続けた。

ベーグムTVは複数の国際機関と民間の慈善財団から資金提供を受け、10人のアフガニスタン出身、フランス在住の女性ジャーナリスト、司会者により、パリから放映されている。

夜は、ムラディさん一家がお気に入りのインド「ボリウッド」発のドラマといった娯楽番組や、音楽、トークショーなどを放映している。

トークショーでは、健康問題から女性の権利に至るまで、家庭内暴力などセンシティブな問題も含めて、あらゆるテーマが取り上げられる。

アマン氏は「これが、衛星放送を利用することによる自由だ」と言う。「アフガニスタンのメディアは現在厳しい監視下に置かれているが、衛星テレビを使えば検閲をかいくぐることができる」

アマン氏は、生活への束縛が強まる中で少女や女性たちのメンタルヘルスは深刻な影響を受けており、その面での支援として娯楽番組が重要だと指摘する。

<小学校を離れる子どもたち>

BBCメディアアクションによる2023年の報告では、アフガニスタン国民の半数以上が衛星テレビを視聴できるとされている。

タリバンが娯楽や情報の自由なやり取りに対する圧迫を強める中で、どうやら衛星テレビの人気は上昇しているようだ。

ベーグムTVの視聴者のほとんどはアフガニスタン在住だが、パキスタンやイランにもいる。両国にはアフガニスタン出身の難民が多い。

ベーグム・アカデミーは今年12月、生徒たちがオフラインでも授業にアクセスでき、教師との交流も簡単にできるようなアプリを発表する予定だ。

また、優秀な生徒がオンライン大学に参加できるよう、試験も実施している。

親や生徒たちの要求に応え、初等教育の授業についても準備が進められている。

初等教育の年代の少女はまだ学校に通うことができるが、ユネスコによれば、教育の質は低下しており、男女を問わず、学校から落ちこぼれていく子どもは多いという。

その背景には、貧困の深刻化や、女性が男子生徒に教えることをタリバンが禁じたために悪化した教員不足などがある。

また、もっと広範囲に及ぶ課題もある。

アマン氏は頻繁にアフガニスタンを訪問しているが、女子教育の禁止があっというまに日常化してしまっていることに恐怖を感じると話す。

「残された道は結婚しかなく、少女たちは絶望している」とアマン氏は言う。

カブールで暮らすムラディさんは、学校教育を受けられなくなってしまい、10代半ばで結婚する少女も多いと話す。彼女の親友も15才で結婚した。

ムラディさん自身には別の計画がある。

「何が何でも勉強を続けなければ」とムラディさんは言う。「アフガニスタンの少女、女性でも大きな成功を収めることができると世界に知らせてやる、と心に決めたから」

(翻訳:エァクレーレン)

*写真が正しく表示されなかったため再送します。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書

ワールド

米議会、3月半ばまでのつなぎ予算案を可決 政府閉鎖

ワールド

焦点:「金のDNA」を解読、ブラジル当局が新技術で

ワールド

重複記事を削除します
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「汚い観光地」はどこ?
  • 7
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 8
    国民を本当に救えるのは「補助金」でも「減税」でも…
  • 9
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 10
    クッキーモンスター、アウディで高速道路を疾走...ス…
  • 1
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いするかで「健康改善できる可能性」の研究
  • 4
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 5
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 8
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中