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アングル:山火事に立ち向かう米消防、後方で「燃え尽きる」指令室員

2024年08月26日(月)07時28分

 エリック・ウィアスマさんは山林火災の消防隊員として20年間勤務したのち、複雑な消防活動現場の調整を行う指令室に配属された。写真はカリフォルニア州オーロビル近郊の山火事現場に集まる消防士。7月撮影(2024年 ロイター/Carlos Barria)

David Sherfinski

[リッチモンド(米バージニア州) 19日 トムソン・ロイター財団] - エリック・ウィアスマさんは山林火災の消防隊員として20年間勤務したのち、複雑な消防活動現場の調整を行う指令室に配属された。異動後すぐに、同部署では単に無線に応答する以上のことが求められていると理解した。

「隊員が到着するまでの間、現場の指揮を執っているようなものだ。一日の終わりには、全員が無事に帰宅したことを確認してから部署を閉め、退勤する」

ウィアスマさんは指令部での仕事について、こう語る。

「指令室に来て業務を見る機会を得た隊員が、指令室は思ったのとずいぶん違う、目を見張るものだ、と驚くのを聞くのは楽しいものだ」

森林火災シーズンが本格化し、米西部の広範囲にわたる被害が懸念される中、ウィアスマさんら「縁の下の力持ち」も負担を強いられている。

今年発表された研究によると、指令室員が不安や抑うつの症状を抱えている割合は、他の緊急対応要員に比べて高かったという。

山林火災の頻度や破壊力が増している中、林野消防現場は既に人員の確保や維持に課題を抱えている。そして指令室の隊員の多くは他の連邦山林消防隊と同様に減給の可能性に直面し、退職すべきかどうか頭を悩ませている。

「指令室は統廃合されつつある。人員を埋めることができないためだ」と支援団体「グラスルーツ・ワイルドランド・ファイヤーファイターズ」のルーク・メイフィールド代表は言う。

「指令室の隊員は、消火活動の一端を担う絶対に不可欠な存在だ。彼らはあらゆる事態に対応し、現場で良からぬことが起きている時には現場と一体となって活動している」

<精神的・肉体的ストレス>

複数の研究機関や現場経験者らは今年、山林火災に対応する消防指令室員のメンタルヘルス(心の健康)に初めて特化した包括的な研究を発表した。

調査によると、うつ病のスクリーニングに回答した人の約4分の3が少なくとも軽度のうつ状態にあり、約4分の1が重度のうつ症状を示したという。

山林火災の消防指令室は、警察官や消防士ら他の緊急対応要員に比べ、アルコールの乱用、不安、暴飲暴食や摂食障害、うつ状態といった問題を抱えている割合が高かった一方、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の傾向や、メンタルヘルスサービスの利用率は低いことがわかった。

研究の筆頭筆者を務めたミズーリ工科大学のロビン・バーブル氏はADHDの報告割合が比較的低いことについて、高ストレス状態でマルチタスクを処理できない人は残れない職場環境であることが原因の可能性もあると分析した。

また、メンタルヘルスサービスを使うことへの抵抗感が利用率の低さにつながる一因になり得ると指摘する。

「恥もあるかもしれない。実際にはそうであっても、他の人ほどつらさを感じるべきではないと思い込んでしまっている。警察のように直接的な暴力と向き合う場合はないために、指令室員は緊急要員には含まれない、緊急要員として定義されるのは難しい、と考えてしまうのだと思う」とバーブル氏は説明した。

ストレスに加え、適切な身体の健康管理もほとんどの場合難しいと元山火事消防士のボビー・スコパさんは明かす。

「緊張や不安から何か食べてしまうことも多い」

責任者や現場の隊員にとって、仕事にはある程度の緊張感がつきものだと話す。

「ストレスに体がどう反応するか考えてみてほしい。ストレスを軽減する最善の対処方法の一つは、体を動かすことだ。山を登り、防火線を作り、放水を行う現場の消防士は、消火作業で膨大なエネルギーを使い、ストレスが軽くなる場合もある。だが指令室は、ストレスを抱えても部署の機材の前に座っているだけだ。吐き出す場所がない」

林野火災消防士の大半を雇用する米森林局の報道官は、指令室も含め、山火事の消火活動にかかわる人々の心身の健康を支援するよう努めるとの姿勢を示した。

「研究は内部の調査と合わせて、過酷な作業量や仕事によるメンタルヘルス上の負荷など、課題への理解を深める上で役に立った」と述べた。

米森林局と内務省は現在、山火事に対応する消防士の心身の健康を支援する共同プロジェクトに着手。その対象は指令室の職員にも拡大されている。

<減給の可能性>

指令室員や他の連邦山林火災消防士の給与手当は、バイデン大統領が2021年に成立させたインフラ投資法案から割り当てられて支給されている。議会はこれまで何度もつなぎ予算案を可決することで応急処置的に資金を確保しているが、支払いを安定的に継続させるためにはより早急な対応が求められるだろう。

ある指令室員が山林火災の消火活動の職に復活したのは、この給与手当の存在が大きい。

「もしこの手当がなくなれば、他の選択肢を考えなければならなくなるだろう」と、匿名を条件に取材に応じたこの指令室員は嘆いた。

「給与の不透明感もストレスだ」

人手不足により、少なくとも1か所の消防指令センターが閉鎖を余儀なくされたという。

「モンタナ州ボーズマンの指令室が閉鎖されたため、カスター・ギャラティン国有林の消火活動には現在、同州ビリングスから隊員が派遣されることになっている。ボーズマンから車で3時間ほど離れた場所だ」と前出のメイフィールド氏は説明した。

「つまり、ビリングス派遣室の負担が増大したということだ。単に仕事量が増えただけでなく、移動にかかる時間も増えている。それでも機能はしているが、距離が負担になっている」

匿名で給与への不満をこぼした指令室員は、1日に16時間、コンピューターの前に座り続けていなくてはならないこともあると明かした。

「指令室員が各自で心身の健康を維持するのは本当に大変なことだ。火災現場にいる人々らへの心配は常に耳にするが、彼らを心配してここで働く人々の健康についてはどうだろうか」

ロイター
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