コラム

独裁者も人の口を封じることはできない──不満を言いに共産党本部へ

2020年12月04日(金)15時20分

ILLUSTRATION BY AYAKO OCHI FOR NEWSWEEK JAPAN

<チャウシェスク独裁時代のルーマニアでは「バンク」文化が花開いていた。いつの時代も、人間というのは逞しく、したたかなものだ>

【行列】
チャウシェスク独裁時代のルーマニアは、物不足のため何を買うにも長い行列に並ばなければならなかった。そんな生活に限界を感じたミハイは、政府に不満を伝えるため、ブカレストの共産党本部を訪ねることにした。

翌日、自宅に帰ってきたミハイに妻が聞いた。

「どうでしたか?」

「ダメだった」

「どうして?」

ミハイが答えた。

「共産党本部の前に行列ができていた」

◇ ◇ ◇

私とジョークとの出合いの地はルーマニアである。

2001年から2年ほど、私はルーマニアに移住。東欧や中東の取材をしていた。当時のルーマニアは世界を驚かせた1989年の流血革命から10年余りを経ていたが、いまだ共産党独裁時代の爪痕が癒えない状況に喘(あえ)いでいた。

ルーマニア語では、ジョークのことを「バンク」と言う。書店にはバンクをまとめた本が並び、テレビでは素人がバンクを披露し合う『バンクショー』という番組が人気を博していた。

なぜルーマニアにバンク文化が広く根付いているのか。聞けば、チャウシェスク時代、テレビが政府のプロパガンダ機関と化すなど、多くの娯楽が制限されるなかで、多様なバンクが発達したのだという。

独裁によって経済が破綻し、日々の生活必需品にも不足するなか、人々は配給の長い行列に並びながらバンクを楽しんだ。街じゅうに秘密警察が配されていたため、政権を揶揄するようなネタは公の場では言えなかったが、家の中ではコソコソと交わされた。チャウシェスクは実は絶好の笑いのターゲットであった。

希代の独裁者といえども、人の口を完全に封じることなどできない。むしろ独裁政権下において「反体制ジョーク」が発展したのは、旧ソ連と同様の現象である。人間というのは逞(たくま)しく、したたかなものなのだ。

「コマネチ」の笑いは通じない

現地では「ルーマニア」は「ロムニア」と発音され、これは「ローマ人の地」という意味。ローマ帝国がこの地を属州としたことにより、もともといたダキア人とローマ人との混血が進んだ。これがルーマニア人のルーツである。

プロフィール
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story