コラム

ベネズエラのネット検閲、日本のジャーナリズムの危機

2019年02月27日(水)16時00分

ベネズエラ - コロンビア国境で人道支援物資を搬入させたいベネズエラの野党支持者らとベネズエラ軍が衝突 2月23日  Marco Bello-REUTERS

<ベネズエラはネット検閲と言われて思いつくようなことをすべて施行している。日本の今後を考えても、ネット検閲の危険に極めて鈍感なのは、重大な問題だと私は思う>

世界各国がどのように、あるいはどの程度インターネットの検閲を行っているかを調査しているプロジェクトがある。2012年に始まったOONI(Open Observatory of Network Interference)がそれだ。ちなみに、OONIはThe Tor Projectの一部である。

オープンと名乗ることから分かるように、OONIはOONI Probeというオープンソースのテストスイートを開発していて、これを調査対象の国にいる協力者が実行して調査を行っている。これにより、DNSタンパリング等によるウェブサイト・ブロッキングや、Facebook MessengerやWhatsApp、Telegramといったインスタント・メッセンジャーのブロック、Torのようなプライバシー強化ツールのブロックなど、様々なネット検閲の存在を検知することが出来る。

徹底してネット検閲してきたベネズエラ

ところで、政情が混乱を極める(とされる)南米の国ベネズエラだが、最近OONIのレポートが出た。なかなか興味深い内容なので、かいつまんで紹介したい。

何が興味深いかというと、ベネズエラはネット検閲と言われて思いつくようなことをすべて施行しているのである。中国などわずかな例外を除き、ここまで徹底的にやっている国は珍しい。

こうなったのはそこまで古い話ではない。2017年の年末、「ヘイトに反対し、平和的な共存と寛容を目指す法律」と称するいわゆる反ヘイト法が制定され、ヘイトや不寛容を煽ると政府が認定したメディアやサイトを政府がブロックしたり、免許を取り上げたりすることが出来るようになった。問題は、ここでいうヘイトやら不寛容やらの定義が曖昧で、政権側が完全掌握する裁判所の判断に任されている点である。

また、ラジオ、テレビ、電子メディアにおける社会的責任に関する法律と称するものでは、メディアが政権の正統性に疑問を呈したり、社会不安を煽ることが禁じられ(これらもまた非常に曖昧だ)、実際翌年1月には 政権を批判した新聞の編集者が取り調べられる という事態も発生した。ようは萎縮効果を狙っているわけだ。これからも分かるように、検閲は大体ヘイトスピーチ規制だの社会的責任だのといった美名の下で始まるのである。

ブロッキングのノウハウが独裁的国家で「共有」されているふしがある

なお、OONI以外でも、国連の人権高等弁務官事務所(OHCHR)が、ベネズエラにおけるネット検閲やジャーナリストに対する逮捕や攻撃に関して非難声明を出している。

最近では、独裁者として国際的に批判を浴びているマドゥロ氏と反対派で国会議長のグアイド氏が両方大統領を名乗るという異常事態になっているが、例によってというべきか、Wikipediaでどちらが大統領か編集合戦が起こり、結局 一時的にWikipediaへのアクセスがブロックされた 。 さらに、政府への抗議行動があるたびに、画像や動画の投稿先であるYouTubeやTwitter、Instagramがブロックされている。

ベネズエラには4つの大手ISPがあるが、国営で最大のCANTVが(おそらく政権の指示を受けて)最も活発にブロッキングを行っているようで、DNSタンパリングや、最近韓国が導入したことで話題となったSNIブロッキングもやっているらしい。OONI Probeでブロックが検出されたサイトは、主に政府に批判的なメディア(コロンビアのEl Tiempoのように、他国にあるものも含まれる)だが、他に目を引くのはデモ等抗議活動の現場で用いられるスマホ用のトランシーバー的なアプリ(Zello)や外貨両替サイトをブロックしていることで、特に後者は経済不安からくる外貨流出の懸念を反映しているのであろう。

また、Torも(最近なぜか止めたようだが)ブロックしていたようだ。これは全くの推測だが、最近こうしたブロッキングのノウハウがいくつかの独裁的国家で「共有」されているふしがあり、Torのブロックも、こうした一環で持ち込まれたのかもしれない。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米国に抗議 台湾への軍用品売却で

ワールド

バングラデシュ前首相に死刑判決、昨年のデモ鎮圧巡り

ワールド

ウクライナ、仏戦闘機100機購入へ 意向書署名とゼ

ビジネス

オランダ中銀総裁、リスクは均衡 ECB金融政策は適
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story