コラム

劇場版『鬼滅の刃』は慌てて観るには値しない

2020年11月24日(火)20時17分

『鬼滅』も、ジャンプ本誌で連載が始まった時は、それほど人気という作品では無かった。私は定期的にジャンプ本誌を購読しているが、いみじくも同時期に連載が開始され、『鬼滅』と同じく鬼を扱った『約束のネバーランド』の方が、作品としては圧倒的に完成度が高いと感じ、『鬼滅』は単行本購読リストから外していた。

『鬼滅』の人気は、同作品がアニメ化された2019年から始まる。しかしながら押井守の『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』のように、原作の世界観を根底から覆す路線では全然なく、台詞はほぼ一言一句踏襲され、構図もほぼ原作を変えていない。

『鬼滅』のアニメ化に際してやや漫画と異なるのは、原作の中で(特に前半に多い)頻繁に挿入されるキャラクターのギャグ的デフォルメ(うすた京介に影響を受けたと考えられる)があまりないことである。が、これとて「アニメ作品として傑作」と言えるかどうかは微妙なラインで、それなら『交響詩篇エウレカセブン』の2クール目くらいまでの方がワクワク感があった。ただし、駄作かと言われればそういう水準では決してない。単に同水準かそれ以上のアニメ作品は他にも山のようにある、といっているだけだ。まさに「勝ちに不思議の勝ちあり」である。

劇場版だけではわからない世界観

しかしこれだけ『鬼滅』が大ヒットすると、「我も我も」とそのブームに飛びつこうという人間心理が出来することは分からなくもない。ジャンプ本誌を通読しているなら原作漫画の最終回(第205話)まで読み終わっている筈であるが、単行本で読み進めている読者は現在、最終局面一歩手前の22巻(23巻で完結、2020年12月4日発売予定)が最新刊なので、まだ『鬼滅』のラストを知らないという事になる。

 そして映画の『無限列車編』を観ただけでは、『鬼滅』の全体的世界観は分からないので、原作漫画もアニメも見ていないのに流行っているという理由だけで『無限列車編』を観に行くのはあまり意味のないことである。

 とりあえず『鬼滅』ブームに乗り遅れた、と感じている読者諸兄は、軽挙妄動に出ることなく、まずは弘兼憲史の『黄昏流星群』をじっくりと読みつつ、余力があれば惣領冬実の『チェーザレ』に飛んで、一通りビッグコミック系・モーニング系を総攬して最終巻たる第23巻刊行を待っても十分に間に合う。

 まだ『鬼滅』を1話・1巻も読んでいないという人は、第23巻が出て物語が完結したあとに全部大人買いをする程度でよいと思う。『鬼滅』は名作の範疇には入るが、そこまで急いでブームに参入する必要はない。

 むしろこの時局万難を排してでも読まなければならない漫画は『国民クイズ』であり、冠婚葬祭をキャンセルしてでも観なければならない時事的アニメ作品は『老人Z』である。この二作品はとりわけ自民・公明の与党議員には強制的に読破、視聴させる法律を作るべきである。『鬼滅』は第二選択ぐらいにして、どっしりと構えてはどうか。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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