コラム

『鎌倉殿の13人』は「法の支配」への壮大な前振り

2023年01月02日(月)07時11分

『鎌倉殿の13人』でもそれは露骨に起こっている。源義経や和田義盛など権力闘争で倒れていく登場人物たちに、物語はいったん悲劇を回避しうる可能性を示す。しかし登場人物たちがそれを選ばなかったり、ミスや不運が重なったりすることによって、歴史が改変されることなく悲劇が必ず発生してしまうのだ。

実朝が犯した途方もない「罪」

悲劇は人間の悪意や愚かさそれ自体によってもたらされるのではなく、人間が不完全な存在であるがゆえに、自身の持分を越えて侵犯してはいけない領域に介入してしまったことの罪によってもたらされる。ただし人間はその罪を事前に知ることはなく、そうとは知らずに犯してしまう。従ってそれは運命と呼ばれる。このギリシア時代から続く「悲劇」ジャンルの手法を、三谷幸喜は巧みに利用している。

『鎌倉殿』の登場人物たちは、多かれ少なかれ、そうとは知らずに自身の持分を越えてしまう。持分を越えた理由は様々で、人間の感覚からすれば当然であり、ただちに罪とは呼べないものも多い。たとえば源実朝が、信頼していた者が次々と死んでいく鎌倉の闇に嫌気がさして朝廷に接近しようとするのは視聴者の目から見ても当然のようにみえる。また義時が坂東武者のための世をつくろうとするのも、非業の死を遂げた兄宗時の意志を継いだからだ。しかし運命という観点からすれば、それは途方もない罪であり、実朝は暗殺という罰を受けることになるし、義時も犠牲者を多数生み出した果てに、自分自身が「13人」最後の犠牲者となる。

八重の唐突な死さえむなしく

次々と業を重ね、悲劇を連鎖させていく登場人物たちを救済できる人物は、このドラマには出てこない。強いて言えば、義時の物語上の最初の妻である八重がその役割を果たせる可能性があった。八重の唐突な死は、キリストが十字架にかかったのと似て、他のキャラクターたちの全ての罪を一身に背負って贖うための犠牲のようにもみえた。しかし八重の死ですら鎌倉の業は贖えない。むしろ悲惨な事件は八重の死以降、一層激しくなるのだ。

従って物語は結局、主人公である北条義時にせよ、彼に最終的な引導を渡した北条政子にせよ、誰も救済することなく終焉を迎えることになった。しかし物語は、次の世代への希望を残して終わった。それが北条泰時なのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=ダウ約300ドル安・ナスダ

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story