コラム

CBS記者レイプ報道の歪んだ真実

2011年02月17日(木)18時27分

 ある女性は一緒に飲みに行った職場の先輩にレイプされ、その後2年間もその男と働くことを強いられた。同僚にレイプされた別の女性は、職場内にある教会の牧師に助けを求めると「レイプされたのは神の思し召しに違いない」と言われたという。

 彼女たちが働いていた職場──それは米軍だ。

 上で紹介した話は今週、バージニア州の連邦地裁で、ロバート・ゲーツ米国防長官とドナルド・ラムズフェルド前国防長官を相手取って集団訴訟を起こした人々の体験談だ。女性15人と男性2人で構成する原告団は、米軍内でレイプや性的暴行が増加する状況を国防長官が放置してきたと主張している。

 昨年3月の報告書によると、09年度に米軍内で起きた性犯罪の件数は前年比11%上昇。しかしこの数字は実際の件数の20%程度に過ぎないだろうと、国防総省は認めている。

 軍は特殊な職場環境ではあるが、性犯罪がはびこるのは軍だけではない。ある統計によれば、アメリカ人女性の6人に1人が最低1度はレイプ、あるいはレイプ未遂の被害に遭っているという。職場で起きるレイプや性犯罪は、平均で年間3万6500件に上る。

■「ムスリムの仕業だ」という論調

 残念なことに、今年はこうした被害者の中に米CBSテレビの女性記者ララ・ローガン(39)が含まれることになった。エジプトのデモを取材していたローガンは、2月11日にカイロのタハリール広場で暴徒に取り囲まれ、性的暴行を受け殴打された(すでにアメリカに帰国し、現在入院中だが回復へ向かっているという)。

 ローガンの一件に関して、侮辱的な報道も出始めている。ローガンの外見や性生活、過去の戦場取材の経験などを事細かに報じて、「自業自得」というニュアンスをかもし出しているのだ。

「彼女は殉教者さながらに持ち上げられているが、彼女が戦争を食い物にする仕事をしていることを忘れちゃいけない」と、ニューヨーク大学法科大学院・法と安全保障センターの研究員ニル・ローゼンはツイッターに書き込んだ(その後、猛反発を浴びて16日に辞職した)。

 一方、極右のコメンテーター、デビー・シュラッセルはローガンは「イスラム教がどんなものか知っておくべきだった」と自分のサイトに書いた。

 悲しいことに、「ムスリムの仕業だ」という論調は一部の主流メディアにも見受けられる。ワシントンポスト紙の記者アレクサンドラ・ペトリは、エジプトでは女性が「体を触られたり、野次られたりせずに出歩くことなどできない」と書いた。

■ローガンの事件を特別扱いするな

 エジプト女性の83%、エジプトを訪れる外国人女性の98%が嫌がらせを受けた経験があるという統計もある。これは懸念すべきデータだが、だからといってエジプトだけにレイプや性犯罪が蔓延しているわけではない。

 実際のところ、ローガンの事件は珍しくも何ともない。性犯罪はデモを取材中の魅力的な外国人女性記者だけに起こることでもなければ、「エジプト文化」特有のものでもない。どんな国の女性にも起こり得ることだ。しかしローガンに関する一部の報道は、「ローガンだから」襲われたといわんばかりだ。

 むしろローガンの一件が他のケースと異なるのは、これほど公になった点だろう。国防長官を訴えた集団訴訟でも他の被害者が沈黙を守っていることを考えると、職場での性犯罪を告発する難しさ、告発すれば汚名を着せられかねないという点を考えさせられる。

──スザンヌ・マーケルソン
[米国東部時間2011年02月16日(水)18時05分更新]

Reprinted with permission from FP Passport 17/2/2011.© 2011 by The Washington Post Company.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story