コラム

トランプを支持し続ける共和党が象徴する「民主主義の黄昏」

2021年03月09日(火)17時00分

それを反映しているのが、ポーランドでの「法と正義(PiS)」党の強権政治だ。2015年の選挙では穏健的なメッセージを送っていたが、選挙に勝利したとたんに強権政治の本性を顕にした。憲法を無視して自分たちのアジェンダを支持する判事を任命し、政権が作った政策に反対する判事を罰する法律を作り、国営放送のキャスターやレポーターを不法に解雇してその代わりに偽ニュースを流すオンライン極右メディアの者を任命した。Applebaumのパーティーに来た友人のなかには、この強権政治の最高実力者と懇意になった者、オンラインで偽ニュースを流すトロールになった者などがいる。彼らとはもう交流もない。

ポーランドのこの状況はアメリカでトランプが権力を得た状況とよく似ている。アメリカとポーランドだけではない。世界中で起こっていることだ。トランプ支持者には「低学歴で他国のことを知らない」というイメージがあるが、そういった人たちだけではないと Applebaum は書く。彼女の友人たちのように、高学歴で多国語を話し、世界各地に拠点を持って活動するグローバルな生活を送っている。そんな人たちが、民主主義を見捨てて独裁主義を支持するようになっているのだ。

なぜこのような変移が起こったのだろうか?

Applebaumは、単純な1つの説明はないし、それを提供するつもりもないという。けれども、そこには1つのテーマがある。「状況さえ整えば、どんな社会も民主主義に抗うようになる」というのだ。古代哲学者のプラトンのように、民主主義に懐疑的な哲学者や政治家は過去に多く存在した。

アメリカ建国の英雄であり政治的にライバルだったジョン・アダムズとトーマス・ジェファーソンは晩年に仲良くなり手紙を交わしていた。アダムズはキケロの書いたものをよく読んでいたようで、古代ローマの共和制が滅びていったことを語り合っていたようだ。2人がよく知っていたのは、強い感情に動かされやすい人間の本性だ。論理や合理性を基盤に作られた政治制度であっても、不合理な感情の噴出によって危機にさらされるものなのだ。

独裁主義は「アンチ多元主義」

独裁主義というのは、保守やリベラルといった政治思想ではない。ここは非常に重要な部分だ。Applebaumが言うように、「独裁主義は、簡単に言って、ものごとの複雑さに我慢がならない人々にアピールする(Authoritarianism appeals, simply, to people who cannot tolerate complexity)」のである。独裁主義に惹かれる人々は、思想が右寄りであろうが、左寄りであろうが、「アンチ多元主義で、異なる考え方に懐疑的であり、熱心なディベートにアレルギーがある人たち」という点で一致している。

これは、2016年と2020年のアメリカ大統領選挙の予備選から本選にかけて著者が取材の現場で感じたことと同じだった。共和党でも民主党でも、極端な意見を持つ極端な候補に惹かれる人々は少なくない。彼らは、「ものごとの複雑さに我慢がならない」タイプの人々だ。そして、陰謀論を熱っぽく語るのも彼らだ。

独裁主義と陰謀論には関係があると Applebaum は言う。ポーランドの場合には、2010年に「法と正義」の党首だったレフ・カチンスキが政府専用機の墜落で死亡した事件で国が殺したという陰謀論が流れた。アメリカでは、バラク・オバマがアメリカでは生まれていないという「バーサー」陰謀論が流れたが、それを率先して広めたのがトランプだった。どちらも事実無根だ。

けれども陰謀説はどんどん広まり、「国、議会、司法制度は信用できない。誰もが嘘をついている」という懐疑心を国民に広めることになった。これまで権威を持っていた機関やメディアが信じられなくなった人にとって「偽ニュース」は代替えの真実として受け入れやすかった。

Applebaumが書くように、民主主義とは次のように面倒くさいものだ。

The checks and balances of Western constitutional democracies never guaranteed stability. Liberal democracies always demanded things from citizens: participation, argument, effort, struggle. They always required some tolerance for cacophony and chaos as well as some willingness to push back at the people who create cacophony and chaos.

(憲法を基盤にした西洋民主主義の「チェックアンドバランス:抑制と均衡のバランス」が安定を保証したことはない。 自由民主主義は、常に市民に次のような行動を要求してきた:民主主義への参与、議論、努力、困難なことへの取り組みなどだ。 民主主義は、無秩序さと混沌に対するある程度の寛容さと同様に、無秩序さや混沌を生み出す人々を押し戻す意欲も常に要求してきた。)

だから、民主主義は常に不安定であり、すぐに独裁主義に向かおうとする。とすると、私たちの未来は絶望的なのだろうか?

絶望的ではないが、面倒くさいことを厭わない市民がもっとがんばって押し返す必要はある。そうしみじみ感じさせてくれるノンフィクションだ。


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プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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