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英王室から逃れたヘンリー王子の回想録は、まるで怖いおとぎ話
ヘンリー王子の回想録は発売初日に英米加で140万部以上を売るベストセラーとなっている Peter Nicholls-REUTERS
<母ダイアナを守れなかったヘンリーが、30代後半にして妻メーガンを守るために行動を起こしたことは尊敬に値する>
私は英王室ウォッチャーではないし、ふだんタブロイド紙を含むゴシップメディアには注意を払っていない。オプラ・ウィンフリーがヘンリー王子とメーガン妃から話を聴いた有名なインタビューも、宣伝用の短いビデオを目にしただけだ。王室側とヘンリー王子側どちらのファンでもないということを最初に明記しておきたい。世界が注目しているヘンリー王子の回想録を、なるべく公平な視点で読むことを心がけた。
この回想録『SPARE』は、ヘンリーとウィリアムの祖父であったフィリップ殿下の葬儀の後のシーンで始まる。ヘンリーは父のチャールズと兄のウィリアムと内密に会うのだが、そこでウィリアムから「なぜ(王室と家族を)離れたのか?」と糾弾され、「本当に知らない(理解していない)のか?」と絶望的になる。その後に続くパート1は、母であるダイアナ妃を失った子供時代、パート2は英国陸軍に従軍した時代が中心になっている。
メーガン・マークルとの出会いから現在に至る状況はパート3なので、そこだけを読みたい人はいると思うが、ハリーの心理を理解するためには1と2を読む必要があるだろう。「死んだことになっている母が実は隠れていて、いつかまた再会できる」と自分に言い聞かせることで悲劇を乗り越えようとする少年は、英陸軍に従軍してアフガニスタンで極秘の危険な任務を遂行する体験でようやく成長を始める。
世継ぎと予備
タイトルの『SPARE』は、英国の貴族階級の間でよく使われてきた「the heir and the spare(世継ぎと予備)」という慣用表現から来ている。英国の貴族階級ではタイトル(称号とそれに伴う身分)を次世代に引き継ぐことが非常に重視されており、貴族と結婚した女性の最も重要な役割は世継ぎと、世継ぎに何かが起こった時のための予備(スペア)を産むこととみなされている。ハリーが誕生した直後にチャールズがダイアナに向かって「よくやった。これでおまえは世継ぎと予備を私に与えてくれたことになる。私の役目は終わった("Wonderful! Now, you have given me an heir and a spare - my work is done"」と言ったらしいことが、本書にも出てくる。このようにウィリアムとハリーは生まれた時からthe heir and the spareであり、周囲の期待や育てられ方もそれに応じて異なった。彼らは兄弟でありながらも、一般家庭での兄弟とは異なる関係性があり、それが2人の間に溝を作ったことが見えてくる。
将来、国王になる立場のウィリアムは、「他人から批判される余地がない正しい行動を取り、ゴシップの対象になっても対応せず、感情は見せない」という英王室独自のストイックさを教え込まれ、従順にそれを身に着けてきたかのように見える。だが、そういった教育をされなかったヘンリーは、学校で問題行動を起こしてタブロイド紙の餌食になり続けた。12歳で最愛の母を亡くし、自分が求める温かい愛情を父から受けられず、将来の目標を与えられることもなかったヘンリーが問題行動を起こすようになったのは容易に想像できる。だが、その一方で、常に正しい行動を求められる立場のウィリアムが「無責任にやりたいことができるスペア」に対してフラストレーションを懐き続けたことも想像できる。
ヘンリーの回想録にはタブロイド紙が彼の問題行動を誇張したり捏造したりしたことが書かれている。それは事実だと思うが、同時に若い頃の彼がかなり奔放だったことも事実であろう。エリザベス女王のスペアだったマーガレット王女、チャールズのスペアだったアンドルー王子がそれぞれに奔放であり、問題行動を起こしたことを思うと、この「spare」という立場そのものに問題があるのではないかという気がしてくる。
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