コラム

トランプ暴露本『Fear』が伝える本当の恐怖、もう日本も傍観者ではいられない

2018年09月14日(金)19時10分

補佐官に言わせればトランプは「プロの嘘つき」 Kevin Lamarque-REUTERS

<初日に90万部以上が売れたというボブ・ウッドワード著の暴露本は、トランプがアメリカを崖っぷちの危機に追い込んでいる事実を突きつける>

トランプ就任後、ジャーナリストのマイケル・ウルフ著『炎と怒り(原作タイトル:Fire and Fury)』、元大統領補佐官オマロサ・マニゴールト著『Unhinged(錯乱状態)』など、大統領と彼を取り巻くホワイトハウスの実態を公に知らせる暴露本が次々と発売されている。その中で最も期待されていたのが、9月11日発売のボブ・ウッドワードの『Fear(恐怖)』だった。初版のハードカバーは100万部刷られ、発売と同時にアマゾンのベストセラーリストのトップに躍り出た。ウッドワードの講演マネジャーによると初日に90万部以上が売れたということで、出版社サイモン&シュスターにとって史上最高の記録になった。

今年1月にベストセラーになったウルフの暴露本は大統領選でトランプを勝利に導いた選挙対策本部長スティーブ・バノンを中心としたトランプの側近からのリークを元にしたものだ。そして、マニゴールトの本は彼女の実体験を元にしている。だが、ウルフとマニゴールトには過去に多くのスキャンダルがあり、本の内容もゴシップ的だったのでシリアスな問題提起の本として受け止められなかった。

その点、カール・バーンスタインとともにウォーターゲート事件を調査・告発し、『大統領の陰謀』を書いたボブ・ウッドワードは、ワシントン・ポスト紙で47年のキャリアを持つベテラン政治ジャーナリストである。ピュリツァー賞も二度受賞している。ワシントン・ポスト紙はリベラル寄りだとみなされているが、ウッドワード自身は中立の立場を心がけているようだ。そのためか、ウッドワードは保守からは「左より」、リベラルからは「保守的」と批判されることが多い。

本書『Fear』の冒頭には、「現場にいた者や目撃者を直接何百時間も取材して得た情報から導き出した」本であり、「物語がさらに精密に伝えられるように、取材に応じたほとんどすべての者が録音を許可した」と記されているが、そこがウルフやマニゴールトとの最大の違いである。

ウルフが『炎と怒り』で焦点を当てたのは、白人至上主義でオルタナ右翼過激派のスティーブ・バノン、ウォール街と密着するニューヨークの富裕層のジャレッド・クシュナーとイバンカ・トランプの夫妻、元共和党全国委員長で就任時に首席補佐官に任命されたラインス・プリーバスの3つの勢力だった。そして、マニゴールトが暴いたのは、テレビ番組「アプレンティス」時代からのつきあいであるトランプのあからさまな実態だ。

ウッドワードの本にも、ウルフとマニゴールトの暴露本の中心的存在であるスティーブ・バノン、ジャレッド・クシュナー、イバンカ・トランプ、ラインス・プリーバス、現首席補佐官ジョン・ケリー、元国家安全保障問題担当大統領補佐官マイケル・フリン、元国務長官レックス・ティラーソン、国防長官ジェイムズ・マティス、フリンの後任で2018年に辞任したH.R.マクマスター、司法長官ジェフ・セッションズ、テレビに出演してPRトークをよく行うことで知られる大統領顧問ケリーアン・コンウェイ、元ファッションモデルでトランプの個人的なお気に入りのホープ・ヒックス元ホワイトハウス広報部長、といったニュースでよく見かける顔ぶれが出てくる。

だが、ウッドワードの本で重要な役割を果たすのは、通商政策をアドバイスする立場にあった経済担当大統領補佐官ゲイリー・コーンと秘書官のロブ・ポーター、国家通商会議のトップでありながら徹底した保護貿易主義者のピーター・ナバロ、元FBI長官ジェイムズ・コミー、元FBI長官で大統領選中のトランプのロシア介入疑惑を調査しているロバート・ムラー特別検察官、その対策としてトランプの法律チームに加わったジョン・ダウド、大統領法律顧問ドナルド・マクガーンなどだ。つまり、アメリカや世界の安全にとって最も重要な部分に焦点が絞られている。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story