最新記事

インタビュー

資本主義の成熟がもたらす「物欲なき世界」

[菅付雅信]株式会社グーテンベルクオーケストラ 代表取締役、編集者

2016年7月21日(木)17時50分
WORKSIGHT

モノからコトへ。消費の対象は変わっていく

「モノが売れない時代」とよく言われます。背景には景気の低迷で所得が減り、消費に回すだけの経済的な余裕がなくなったということもあるでしょうし、あるいは消費者嗜好の多様化でほしい商品になかなか巡り合えないということもあるかもしれません。

 しかし、重要な要素としてもう1つ、僕ら消費者の物欲がなくなってきているということも事実としてあるのではないかと思います。

 2013年2月に上梓した『中身化する社会』では、ソーシャルメディアの普及によって商品も人間も中身が可視化され、見かけではなく本質が追求されるようになること、広告に踊らされて見栄を張る必要もなくなりつつあることを書きました。この原稿を書き終えようとするとき、さらに深掘りしていきたいテーマが見えてきたんです。それが"消費"でした。

 世界各地に足を運んで消費者や生産者に話を聞いたり、街の変化を見聞きする中で、特に先進国、先進都市でモノに対する消費欲が落ちているという流れが見えてきた。それを中心にまとめたのが『物欲なき世界』という本なんです。

【参考記事】個人の身の丈に合った「ナリワイ」で仕事と生活を充実させる

モノ以外のものを買う経済が拡大

 編集者という仕事柄、出版やファッション、音楽、映画といった業界の方と交流する機会が多いのですが、よく話に上るのは「今の若い人たちはモノを買わない」ということです。実際、ファストファッションに人気が集まる一方でラグジュアリー・ブランドが低迷するなど、消費者の服への投資は減っています。*

 この現象は服だけに留まりません。クルマや大型家電にしても昔ほど執着しない傾向が見られます。オーディオなんて顕著ですよね。若い世代ではiPodなどのメディアプレーヤーを使ってイヤホンで聴くのが主流なので、スピーカーを持たない人は多い。かつてステータスシンボルとされたクルマや大型家電への消費欲も薄れているということで、消費欲全体が落ちていると分かります。**

 GDPの構成比の変化からも経済の脱物質化が読み取れます。内閣府の調査*** で産業別のシェアを見ると、第1次産業は1.2パーセント、第2次産業は23.9パーセント、第3次産業は74.9パーセントとなっています。モノの経済は4分の1に過ぎず、モノ以外の経済が4分の3を占めている。そして第3次産業のシェアは2年連続で上昇していることを合わせれば、お金でモノ以外のものを買うという経済が拡大傾向にあることは明らかだと思います。

資本主義の基本原理が揺らいでいる

 さらにいえば、この物欲レスの傾向は日本だけでなく世界の先進都市で見られます。

 例えば家。ニューヨークでは分譲マンションでは中古の狭い部屋でも数億円しますし、賃貸住宅にしてもマンハッタンやサンフランシスコ、ロンドンといった都市では平均家賃が40~50万円に上ります。これだけ不動産価格が高騰すると若い世代は持ち家をあきらめざるを得ず、結果として家に対する購入意欲は低下しています。そうなると増えるのがシェアハウスです。ロンドンではシェアハウス率は60%以上に上り、若者だけでなく幅広い年代に利用されています。先進都市ではカーシェアも人気ですね。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中ロ首脳が北京で会談、両国関係「国際社会の安定要素

ワールド

インドネシア次期大統領、8%成長「2─3年で達成」

ビジネス

中国EVのNIO、「オンボ」ブランド車発表 テスラ

ビジネス

ユーロ圏住宅ローン市場は「管理可能」、ECBが点検
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 7

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中