最新記事

視点

中国を牽制したい米国の切り札は「 同盟国」のインド

南シナ海で進む多国間の連携。米日印海上合同演習の狙いは?

2016年3月10日(木)17時00分
アンキット・パンダ(ディプロマット誌編集者)

合同演習 日本の海上自衛隊と演習を行う米海軍 Jonathan Burke-U.S. NAVY

 先週、南シナ海で注目すべき動きがあった。中国軍がスプラトリー(南沙)諸島のジャクソン環礁(五方礁)に海洋警備艇を配備してフィリピンの漁船を締め出し、実質的に同海域の領海権を主張したのだ。

 これに先立ち、中国は西沙(パラセル)諸島のウッディー(永興)島へ紅旗9地対空ミサイル発射台と殲11戦闘機を再配備していた。その数日前にはアメリカでASEAN首脳会議が開かれ、バラク・オバマ米大統領も出席したばかりだった。

【参考記事】中国が西沙諸島に配備するミサイルの意味

 今月に入って、気になる報道が相次いでいる。南シナ海における領有権を強引に主張する中国に対抗して、アジア諸国の新たな連携が進んでいることを伝える報道だ。これらはいずれも、
インドで行われた安全保障関連の会議におけるハリー・ハリス米太平洋軍司令官の発言や観測をベースにしていた。

 ある報道は、フィリピン北方の海域で予定されるインドとアメリカ、日本の合同軍事演習を取り上げていた。具体的な場所は明らかにされていないが、演習はかつて米海軍の巨大基地があり、今はアメリカとフィリピンとの間で14年に締結された防衛協力強化協定(EDCA)の下で基地利用権が認められているスビック湾内外で行われるものと推測される。

中国が直面する「現実」

 ハリスは、インドが国際法を遵守してきた実績と同国の領海問題への対処に触れ、インドを演習に参加させる意義をこう説明した。「威嚇や抑圧で小国いじめを行おうとする国もあるが、インド洋における近隣諸国との領海権問題を平和的に解決してきたインドは立派だ」

 別の報道が伝えるのは、アジアの安全保障問題で提案されたものの10年近く行われていない日米豪印戦略対話(QSD)を始めるべきだというハリスの発言だ。QSDは日本の第1次安倍内閣が提案したものだから、安倍はもちろん歓迎するだろう。

 昨年10月に南シナ海で初の日米合同演習が実施され、先週にはインドも加えた海上合同演習を発表。QSD再開も提起されたのは、日米が地域大国インドの役割を重視している表れだろ
う。米印海軍の合同演習マラバールに海上自衛隊が正式参加することも、既に決まっている。

 アメリカ政府がインドを南シナ海での作戦行動に組み込もうとするのは、海洋安全保障上の問題や航行の自由、ひいては人道支援の面において、今やインドは事実上の同盟国だという位置づけがあるからだ。

【参考記事】米爆撃機が中国の人工島上空を飛んだことの意味

 QSDが南シナ海や西太平洋、場合によってはインド洋での協力体制や巡視の強化につながれば、アジア太平洋における地域秩序の現状維持を保障する真の「民主主義の連携」が誕生するかもしれない。だが中国側から見れば、長年の懸念が具体化する格好となる。

 懸念されるのは、QSD再開や南シナ海での3カ国合同演習のタイミングだ。ハリスは明言を避けているが、どうやらアメリカは、南シナ海における中国の横暴に多国間連携で強硬に対処する体制固めを急いでいるようだ。フィリピンの提訴を受けて中国との領有権争いを審理していたハーグの国際仲裁裁判所は、近くフィリピンに有利な裁定を下すものとみられる。アメリカが動くのはその後だろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中