最新記事

サイエンス

ネット時代の脳進化論

インターネットは人間の思考を変えるのか── 哲学者や心理学者、神経学者たちが出した答えとは

2010年3月23日(火)13時22分
シャロン・ベグリー(サイエンス担当)

「集中力が続かなくなる」「内省的思考への関心が減る」「物事を掘り下げて考えなくなる」......。インターネットが人間の思考に及ぼす影響として指摘されている「症状」は救いようがないくらいひどい。

 しかし、この種の指摘には根拠らしい根拠がほとんどない。あるのは断片的なエピソードだけで、実証的なデータの裏付けはない。

 その点で、「インターネットはあなたの思考の過程をどう変えつつありますか」という問いに、哲学者や神経生物学者などの研究者たちがどう答えるかは興味深い。

 オンライン論壇誌エッジは、この問いを実際に投げ掛けた。それに対して寄せられた回答に目を通すと、ひときわ印象的なのは、精神や頭脳の研究をしている(つまりこのテーマに最も詳しそうな)専門家が「インターネットが人間の思考を変える」という仮説をばっさり切り捨てていることだ。

情報の増加は吉報なのか

「私たちがものを考えるプロセスは変わっていない」と主張するのは、ハーバード大学のジョシュア・グリーン講師(心理学)。「これまでになく膨大な量の情報が手に入るようになったことは事実だが、その情報を使って(人間の脳が)行う作業に変わりはない」

 認知心理学の権威であるハーバード大学のスティーブン・ピンカー教授も同様の考え方だ。「電子媒体が登場したところで、脳の情報処理のメカニズムが目覚ましく改善するわけではない」

 ピンカーいわく、「携帯メールを利用したり、ネットサーフィンに興じたり、ツイッターを楽しんだり」する人たちは「複数の新しい情報を同時並行で処理」する脳など持っていない。そういう思い込みは科学的根拠がないと明らかになっているのに、「ある新しい現象が『すべてを変える』と認定することを専門家に期待するプレッシャー」のせいで誤った主張がまき散らされているという。

 しかし、インターネットが人間の思考を変えると主張する論者も大勢いる。インターネットの影響で私たちは「物事を深く考えず、だまされやすく、注意力が散漫に」なったと主張するのは、テクノロジーに詳しいジャーナリストのハワード・ラインゴールドだ。

「内省と回想という行為が姿を消しつつある」と、オープン・ソサエティー財団研究員でインターネットと政治の関係を研究しているエフゲニー・モロゾフは指摘している。「私たちはますます『現在』に生きるようになった」

 情報を入手しやすくなり、「新しいことを考えようとする前にインターネットで調べがち」になったと述べているのは、クレアモント大学院大学のミハイ・チクセントミハイ教授(心理学)。「その結果は、じっくりものを考える姿勢の弱体化か?」

 インターネット上の情報は「文脈から切り離されている場合が多い」と、チクセントミハイは書いている。「深い理解を抜きに、差し当たり必要な知識だけを提供している(その結果は、物事の理解の皮相化か?)」

 情報量が増えたことで「知識に対する自信と幻想が深まっている」と考えるのは、『ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質』の著者ナシーム・ニコラス・タレブだ。しかしその半面で「どのような知識に対しても、それに対する異論が(ネット上に)すぐに見つかる」ので、知識が以前より「弱々しく」なったように思えると、雑誌ワイアードの共同創刊者ケビン・ケリーは書いている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中