最新記事

文学

芥川龍之介と黒澤明の『羅生門』で心をリセットする──ゴールデンウィークに読破したい、「心に効く」名文学(1)

2023年5月3日(水)14時53分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
芥川龍之介

出典:堀辰雄・葛巻義敏・芥川比呂志 編集『芥川龍之介作品集第6巻』2023年5月3日-wikimedia commons

<自分と異なる考えを持つ人が許せない...。そんな人が芥川龍之介『羅生門』を再読すると、頭の凝りがほぐれてしまう「文学の効能」とは?>

人が物語に救われてきたのはなぜか? 文学作品が人間の心に作用するとき、我々の脳内では何かしらの科学変化が起きているのだろうか。

版権の高騰がアメリカで話題となった、世界文学を人類史と脳神経科学でひも解く、文理融合の教養書『文學の実効 精神に奇跡をもたらす25の発明』(CCCメディアハウス)より第16章「頭をリセットする」を一部抜粋する。

◇ ◇ ◇

信念を再検討する発明を自分が利用するには

芥川龍之介が自殺によりこの世を去ってから23年後の1950年、世界的に有名な映画監督、黒澤明が映画『羅生門』を製作した。

そう聞くと、このタイトルからして芥川の小説『羅生門』を映画化したものだと思うかもしれない。だが実際のところ、この映画の筋立ては主に、芥川の別の短編『藪の中』に基づいている。

だが映画『羅生門』は、小説『羅生門』とは別物とはいえ、その語りの枠組みとして、この短編小説の深層構造を借用している。芥川の下人を庶民に、芥川の老婆を杣(そま)売り[薪を売る者]に置き換え、杣売りがある武士の死を語るところから映画は始まる。

杣売りがその語りを終えると、その武士の死の物語が、今度は別の人物の視点から語られる。その後、やはり同じ武士の死の物語が、さらに別の2人の人物の視点からも語られるが、それぞれが語る物語はいずれも、ほかの人物の語る物語と一致しない。
  
この技法はしばしば、黒澤の語りに対する不信感、あるいは現実そのものに対する不信感をかきたてるための工夫だと誤解されてきた。

しかし、芥川の元の短編小説同様、黒澤の映画が観衆の心に引き起こすのは、疑心暗鬼ではなく心神喪失である。この映画の語りは、進行するに従って信頼感が薄れていくどころか、常に信用できるもののように見える。

観衆は自分の目で、それぞれの人物が語る武士の死の物語を目撃するたびに、いま見ている物語こそが正しいという印象を受け、記憶のなかにある先に語られた物語に対して、次々と「再検討」を迫られる。

そして映画は最終的に、芥川の小説の結末にあった出来事に戻ってくる。庶民(下人)が杣売り(老婆)の目の前で、利己的な盗みを働くのだ。これを見て観衆は、人間の本性に関する杣売り(老婆)のたわ言をなぜ信用してしまったのか、と考えさせられる。

これはまさに、映画のタイトルから観衆が期待していた幻滅的な結末である。芥川も最終的には、このような「再検討」を促していた。

ところが黒澤は、そこからさらなる再検討へと観衆を導いていく。独自の工夫により、最後にあるエピソードを追加したのだ。そのエピソードでは、杣売りが羅生門のそばに捨てられていた赤子を自分の子どもとして育てることにする。希望の光により、羅生門を覆う雨を追い払ったのだ。

【20%オフ】GOHHME 電気毛布 掛け敷き兼用【アマゾン タイムセール】

(※画像をクリックしてアマゾンで詳細を見る)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ウクライナ、北東部国境の町の6割を死守 激しい市街

ビジネス

インフレ率低下、持続可能かの判断は時期尚早=ジェフ

ビジネス

インフレ指標に失望、当面引き締め政策が必要=バーF

ビジネス

物価目標達成に向けた確信「時間かかる」=米アトラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中