コラム

米最高裁判事の人選が超重要であるこれだけの理由

2020年10月13日(火)18時30分

■ポイント3

その中でも、ルース・ベイダー・ギンズバーグは特別な存在!

史上2人目の女性判事だったギンズバーグは長年社会的弱者、特に女性の権利を尊重、主張してきた。アメリカの女性の間では、ハリウッドスターと並ぶようなあこがれの的だった。イニシャルのRBGから、ラッパーのNotorious B.I.G にかけた Notorious RBG という愛称で親しまれたし、顔写真・イラスト入りのTシャツ、マグカップ、靴下などのグッズが普通にアマゾンなどで販売されている。「僕も女性の権利を守る!私も強い女性を目指す!」などの意味を込めてそれらを愛用しているリベラル派も少なくない。逆に、顔入りの靴下を逆さに履いて彼女の顔を踏んづけながら生活している保守派もいるかもしれないけど。

■ポイント4

バレットが入ると裁判所のバランスが大きく変わる。

ドナルド・トランプ大統領が後任に指名したエイミー・コニー・バレットはRBGと正反対の政治理念の持ち主。承認されたら「リベラル・保守派」のバランスは5対4から6対3に変わる。バレットも女性であり、先輩の活躍で進められた男女平等社会の恩恵を受けているはずだが、ギンズバーグの「遺産」を守ってくれなさそうだと、強く懸念されている。例えば、バレットは中絶の権利を定めた最高裁の判例を覆すように要求した公開書簡に署名している。また、多くの社会的弱者が頼りにしている健康保険制度であるオバマケアの合法性を疑問視している。つまり、ギンズバーグ在勤の間に進歩したイシューが逆戻りすることは十分あり得るのだ。リレーで、逆方向に走る人にバトンタッチするような展開だ。

■ポイント5

共和党がズルい。

この半世紀、任命・承認された最高裁判事は18人いるが、その中の13人は共和党の大統領が選んだ。もちろん、これは、判事の引退や死亡のタイミングの偶然性もあるが、それだけではない。

2016年2月にアントニン・スカリア最高裁判事が突然亡くなった当時のバラク・オバマ大統領は、後任を選ばせてもらえなかった。もちろん候補を指名はした。それも、野党に気を使い、以前、連邦裁判所判事として共和党員も含めて満場一致で承認された、誰もが好きな中道派の判事だった。だがこの時、共和党が支配権を握る上院は承認するどころか、審議すらしなかった。その理由は「選挙直前だから、民意を問うべき!」だから。つまり、その秋に控えていた大統領選挙に勝った人が指名するべきだということ。結局、オバマではなく、トランプが判事を指名することになった。

あの時は、選挙の9カ月も前だった。今回は選挙まで約90日しかない。なのに、また上院で過半数を押さえている共和党は急いで判事を承認しようとしている。露骨な矛盾で、共和党は非難されているが、実は、4年前にこの事態を予言した共和党の重鎮がいる! リンゼー・グラム議員は「将来、僕の言葉を武器に、僕を攻撃しても構わない」と前置きにしながら「もし次の大統領が共和党だとして、選挙前に判事の席が空いたら、そのとき、『後任選びは次期大統領に任せるべきだ』と僕に言ってください」と、公言した。その映像がはっきり残っているから、本人の願い通り、今は彼への攻撃材料に用いられている。よかったね、リンゼー!

言い訳として、共和党は「前回と違って、判事を指名する大統領と、承認する上院の過半数は同じ政党だ。選挙をしなくても民意はわかる」と主張している。

ここで大体リベラル派は爆発する。トランプは前回の選挙で300万票近くもの大差の得票数で負けているのに大統領になった。しかも上院の選挙でも、全国合計で1800万票もの大差で共和党が得票数で負けているのに、むしろ議席を増やしているのだ!

本当の民意は得票率に現れているが、狂った選挙人制度のせいで大統領も、上院の定数議席制度のせいで上院議員の過半数も、少数派の票で決まっている。さらに現在、民主党のジョー・バイデン大統領候補がトランプを支持率で大きくリードしているし、世論調査で「判事の承認は選挙後まで待つべきだ」と大半の人が思っていることがわかる。(RBGご本人も遺言としてその願いを残していると、孫が伝えている。)

リベラル派は爆発するかもしれないが、ある意味僕は感心している。どうみても民意に反する判事承認を「民意に沿ってやる」と主張し、強行するのは、お笑い芸人のネタなら素晴らしいボケになる。今度、共和党に弟子入りさせてもらおう。

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米イーベイ、第2四半期売上高見通しが予想下回る 主

ビジネス

米連邦通信委、ファーウェイなどの無線機器認証関与を

ワールド

コロンビア、イスラエルと国交断絶 大統領はガザ攻撃

ワールド

米共和党の保守強硬派議員、共和下院議長解任動議の投
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story