コラム

環境活動ラディカル派の葛藤、パイプラインを爆破しようとする『HOW TO BLOW UP』

2024年06月13日(木)17時48分

最初に挿入されるソチとショーンを合わせたフラッシュバックは、このグループの行動の土台になる。

ソチの実家はカリフォルニア州ロングビーチの巨大な石油精製所のすぐそばにあり、彼女の母親は異常な熱波のせいで亡くなった。ソチはシカゴの大学の環境NGOでダイベストメント(資本撤退)運動に参加している。「社会構造を変えるには時間がかかる」と語るNGOのリーダーに対して、企業が打撃を受ける前に気候変動で多くの人々が命を落とすと考える彼女は、直接的なサボタージュ(破壊行動)を提案するが、受け入れられるはずもなく、運動から離脱する。

このエピソードは、マルムの原作にある南アフリカのアパルトヘイトをめぐる運動を踏まえている。その運動については、ダイベストメントが都合よく記憶されているが、それだけでアパルトヘイトを崩壊させることはできなかった。マンデラは成果のない非暴力から方針を転換し、軍事部門を設立し、サボタージュが一般大衆を奮い立たせた。

 
 

さらに、アジトで準備を終えた主人公たちが、その晩にテロについて語り合う場面にも、同様の視点が埋め込まれている。話題がキング牧師になったときに、ソチは、「テロが効果を上げると、過去を曖昧にして非暴力や黒人霊歌を持ち出す」と語る。この発言も、ラディカル派を抱えていたからこその成果でありながら、非暴力だけが都合よく記憶されることを意味している。

では、もうひとりのショーンは、ソチとどのように絡むのか。彼は環境ドキュメンタリー制作を志望する学生で、ソチと同じNGOで活動していた。本作の冒頭には、パキスタンの大洪水の被害者が数万人に達したというニュースが流れる場面があるが、そうした気候変動による被害を深刻にとらえている彼は、ソチのサボタージュの提案に心を動かされ、彼女とともに行動するようになる。

そんなふたりが、どんなサボタージュを実行するか話し合う場面にも、原作の視点が反映されている。巨大施設を想定するソチは、製油所を提案するが、ショーンは、「巨大すぎる。巻き添えや環境破壊が心配だ。世間から非難される方法はダメだ」と却下し、彼の提案でテキサスのパイプラインに落ち着く。

ラディカル派効果は諸刃の剣

そんなショーンの発言が、もうひとつのポイントになる。先述したラディカル派効果は実は諸刃の剣であり、結果として穏健派にダメージを与えれば負の効果になり、有利に働けば正の効果になる。だから彼らは、後者を狙い、ふたりの人物を探し当てる。

そのマイケルとドウェインそれぞれのフラッシュバックでは、土台につづいて計画が具体的に示される。ノースダコタ州に住むマイケルは、掘削業者によって居留地を蹂躙されたネイティブアメリカンで、独学で爆弾作りを身につけた。テキサス州に住む労働者ドウェインは、公共利用のための政府による土地収用という名目で石油会社に先祖から受け継ぐ土地を奪われた。

地元のパイプラインを熟知するドウェインは、ソチとショーンが出した条件を満たす場所を見つけ出す。その条件とは、事故で片づけられないように標的を二か所にすることと、破壊しても石油が溢れない、大地を汚さないことだ。

ラディカル派の立場や葛藤を多面的にとらえる

本作は、この3つのフラッシュバックで計画が明確になり、必要な人手を考慮しなければ、あとは実行するだけのように見える。では、残り3つのフラッシュバックはどんな意味を持つのか。

そこには、ラディカル派効果に対するゴールドハーバー独自の解釈が盛り込まれているともいえる。ヒントになるのは、マイケルがなぜか雷管を3個用意したことや、残っているのがほとんど女性の登場人物のフラッシュバックであることで、計画を締め括るのに女性が重要な役割を果たすことになる。

ゴールドハーバーは、ラディカル派の立場や葛藤を多面的にとらえ、彼らの行動が気候運動にどんな影響を及ぼすのかを私たちに考えさせる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ヒズボラ司令官ら殺害 世界遺産都市に

ワールド

イスラエル、機会逃さずガザ戦争終結を=米国務長官

ワールド

アングル:マスク氏の100万ドル贈呈、法の限界に挑

ワールド

ガザ北部のポリオワクチン接種、イスラエル爆撃で延期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:米大統領選 イスラエルリスク
特集:米大統領選 イスラエルリスク
2024年10月29日号(10/22発売)

イスラエル支持でカマラ・ハリスが失う「イスラム教徒票」が大統領選の勝負を分ける

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が出産後初めて公の場へ...夫フセイン皇太子と仲良くサッカー観戦
  • 3
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはどれ?
  • 4
    リアリストが日本被団協のノーベル平和賞受賞に思う…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 7
    トルコの古代遺跡に「ペルセウス座流星群」が降り注ぐ
  • 8
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 9
    中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
  • 10
    大谷とジャッジを擁する最強同士が激突するワールド…
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 3
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア兵の正面に「竜の歯」 夜間に何者かが設置か(クルスク州)
  • 4
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 5
    目撃された真っ白な「謎のキツネ」? 専門家も驚くそ…
  • 6
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 7
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 8
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 9
    裁判沙汰になった300年前の沈没船、残骸発見→最新調…
  • 10
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 9
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 10
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story