コラム

国産ロケットH3の打ち上げは「失敗」である

2023年02月18日(土)21時29分

私自身、たとえば企業の経営者などを相手に取材すると、こんなやり取りをすることがある。

「御社については『広告会社の××」という書き方でよろしいですか?」
「いや、違う。ウチはただの広告会社ではなく『トータルコミュニケーションカンパニー』を掲げているんです。だから記事でもそのように書いて欲しいんですが」
「えっ? トータル...? あのー、それはどういう意味ですか?」

といったやり取りをして相手の意を十分汲んだ上で、時にはスマホの国語辞典を開いて「広告:人々に関心を持たせ、購入させるために、有料の媒体を用いて商品の宣伝をすること」と言葉の字義まで丁寧に説明しながら、相手との妥協点を探ることになる。

「では『顧客の問題解決に取り組む広告会社の××』という書き方なら構いませんか?」
「うん、まあ良いでしょう」

という具合だ。折り合いが付けば良いけれど、相手がどうしても自説にこだわる場合は「すみませんが、広告会社という言葉は入れさせて下さい。『トータル〜』では読者に意味が伝わらないですよ」と半ば押し切るようなこともある。

そうした経験を踏まえて考えると、共同通信の記者が最後に放った言葉の意図が、私にはとてもよく分かる。あれは「あなたたちは『中止』と表現しているけれど、それは一般的には『失敗』と呼ぶべきものだと思います。したがって、記事ではそのように書かせてもらいます」という宣言や通達のようなものだ。

この10年、いや20年ぐらいだろうか。世の中のネガティブなワードがどんどん漂白されている。合併はM&A、アイドルグループからの脱退は卒業、売買春はパパ活、解雇はリストラ、雑誌の廃刊は休刊、粉飾決算は不適切会計、賭博場は統合型リゾート、議員への調査は点検、という具合だ。言葉の正確さを期しているというより、きっと何か不都合なものから目をつむりたいのだろう。

国産ロケットには、わが国の科学技術の威信をかけている面がある。ゆえに、日本国民としては「失敗」という言葉を忌避したくなるのは分かる。だが、まったく同じ現象がたとえばアメリカや中国あたりで起きていたら、われわれはどう反応するだろうか。

「ああ、今回は『失敗』したのだな」

と捉えるのが普通だ。何事も、普通が一番であろう。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、S&P500年末予想を5500に引き上げ

ビジネス

UAE経済は好調 今年予想上回る4%成長へ IMF

ワールド

ニューカレドニア、空港閉鎖で観光客足止め 仏から警

ワールド

イスラエル、ラファの軍事作戦拡大の意向 国防相が米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 4

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 8

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 9

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story