コラム

UNRWA地下にハマスのトンネル網があったとしてもイスラエルの免責にはならない理由

2024年02月14日(水)17時40分

「UNRWA解体」の危険性

第二に、たとえトンネルがハマスの司令部だったとしても、イスラエルが求める「UNRWA解体」には問題が多い。

それがガザ全体の破局を招きかねないからだ。

UNRWAがハマスに肩入れしていたとしても、その一方でガザの230万人の生活にとっての生命線であり続けたこともまた確かだ。

国際的な人権団体などからも、もともと制約の多かったガザへの物資搬入が、昨年10月以降、イスラエル軍の包囲によってさらに難しくなっていると報告されている。

こうした状況のもと、UNRWAに代わってガザ市民の生活を支援できる体制がないまま、ただUNRWAだけスクラップすれば、それはほぼ自動的にパレスチナ人の人道危機に拍車をかけることを意味する。

多くのパレスチナ人がハマスを支持していることは間違いない。かといって、10月7日の民間人襲撃などによってハマスが負うべき法的責任まで、一般のパレスチナ人が共有しなければならないということにはならない。

それを無視してパレスチナ人全体の破局を黙認するなら、「よいインディアン(ネイティブアメリカン)は死んだインディアンだけ」と言い放ったアメリカ開拓民や、イスラエルを批判して「よいユダヤ人は死んだユダヤ人だけ」と叫ぶ欧米の差別主義者と基本的には同じで、そこには殲滅戦の思想があるといえる。

イスラエルの免責にはならない

そして最後に、「トンネル」がハマスのものだった場合、UNRWAやハマスは非難を免れないが、それはイスラエルの免責にはならない。

ハマスは1980年代、イスラエルによる占領に抵抗する組織として発足した。イスラエルは1948年以降、国連決議で「パレスチナ人のもの」と定められた土地まで軍事的に占領し、しかもその土地にユダヤ人を入植させてきた。

このうちガザは2005年、パレスチナ人に返還されたが、ヨルダン川西岸は今もイスラエルに実効支配されている。さらに、イスラエル政府は西岸にあるエルサレムを「首都」と定めているが、これもやはり国連決議に反する。

こうした占領政策がパレスチナ人の敵意と絶望感を招き、それがハマスを生んだのだとすれば、その環境を作ったのは他ならないイスラエルといえる。

こうしてみた時、「ハマスはテロリスト」というイスラエルの主張にも留意が必要だろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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