コラム

五輪「外交的ボイコット」を理解するための5つの基礎知識──効果は? 始まりは?

2021年12月13日(月)16時05分

さらに、メルボルン大会には中国も参加しなかった。台湾が「中華民国(Republic of China)」として出場することが「一つの中国」の原則に反するという理由だった。このボイコットは五輪での台湾の呼称が「中国台北(Chinese Taipei)」に変更されるまで続き、1984年ロサンゼルス大会で初めて中国と台湾の選手がそろって出場することになった。

これらのボイコットのうち最大のものはソ連によるアフガニスタン侵攻(1979)の翌1980年に開催されたモスクワ大会でのものだが、これについては後述する。

ボイコットだけでなく、1972年のミュンヘン五輪では11人のイスラエル選手が選手村でアラブ過激派に銃殺されるテロまで発生している。五輪はその注目度が高いだけに、「平和の祭典」の理念とは裏腹に政治対立の縮図にもなってきたのだ。

(3)政治利用は五輪のルールに違反しないのか?

テロは論外としても、五輪のルールはスポーツの政治利用を禁じている。国際オリンピック委員会(IOC)の定める憲章では「政治的中立」が掲げられている。

だとすると、政治的な理由で選手を参加させないボイコットが、この憲章に反することは明らかだ。

ただし、今回の外交的ボイコットはややグレーである。アメリカが五輪の機会に政治的アピールをしたことは間違いないとしても、通常のボイコットと異なり選手派遣を中止したわけではないし、大会運営を妨げているわけでもない。

1980年モスクワ大会の際、アメリカ政府は当時のIOC会長マイケル・モリス(キラニン男爵)に大会の延期や中止の直談判さえしたが、今回はそうしたことも伝えられていない。

いわばギリギリのラインを攻める選択であるため、トーマス・バッハ会長が「選手が大会に参加できることを安堵している」、「政府高官の出席は各国の政治的判断であり、IOCは関知しない」と述べ、外交的ボイコットを問題視しないことは不思議でない。

もっとも、仮に外交的ボイコットが憲章に抵触するとしても、現実的にIOCにできることはない。

2021年東京大会の直前、IOCは「会場などで政治的アピールを行なった選手には懲罰もあり得る」と発表した。これはアメリカの五輪委員会が選手の政治的アピールを認めているのと対照的で、黒人選手を中心にブラック・ライブズ・マター(BLM)支持が広がっていることなどを念頭においたものだったが、ともかく肝心の「懲罰」の内容は定められなかった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story