コラム

オーストラリアの反ワクチンデモが日本に無関係ではない理由──社会に溶け込む極右の危険性

2021年10月11日(月)18時05分

それでも、白人極右はオーストラリア全体からみれば少数派で、たとえ彼らを内心では支持していても、表立ってそれを表明することは「評判にかかわる」ものでもあった。

ところが、人種差別などをぬきに「失業や生活苦を改善できない政府への不満」という一点で多くの人々と立場を共有することで、白人極右は「どこか遠くにいる変わり者の集団」ではなく、「自分とは同じでないが、少なくとも自分と同じく政府を批判していて、となりにいても支障のない人々」になりつつある。

それはこれまでより極右が社会に浸透しやすくなったことを意味する。同様の状況は、ドイツなどヨーロッパでも確認されている。

アジア系ヘイトの目立つ豪州

そして、そのことは日本にとっても無縁ではない。アメリカやヨーロッパと比べても、オーストラリアではヘイトクライムの被害者に占めるアジア系の割合が高いからだ。

シドニー大学のゲイル・メゾン博士はニューサウスウェールズ州における2013年から2016年までのヘイトクライムを調査し、アジア系(28%)に対するものが人種別で最も多かったと明らかにした。だとすると、オーストラリアにおける白人極右の浸透は、長期的には日本人、日系人の安全にもかかわってくる。

「日本とオーストラリアは外交・安全保障やビジネスなどで関係が深く、中国人はともかく日本人がヘイトの対象になるはずがない」という見方もあるかもしれない。しかし、政府・企業レベルの関係が良好だからオーストラリア人がみんな日本人に好意的と捉える方が、むしろナイーブすぎる(だから「親日的な国」といった表現はそもそも意味をなさない)。

第二次世界大戦直後のドイツで聞き取り調査を行ったアメリカ人研究者ミルトン・マイヤーは、そのインタビュー対象者のほとんどが大戦後もナチスを特に悪いものだったとは思っておらず、しかもナチス台頭以前の自分たちのことを、政治家や官僚、企業経営者、聖職者、一部の学者など、あらゆる権威・権力に虐げられる「弱者」とみていた被害者意識を浮き彫りにした。

その中の1人はインタビューの最中、日系人が戦時中アメリカで強制収容所に入れられたことに関して、かつての同盟国のよしみで同情するどころか、次のように言い放ったという。「ジャップはジャップ、ユダヤ野郎はユダヤ野郎なんだ」(田中浩・金井和子訳『彼らは自由だと思っていた』、p88)。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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