コラム

アジアの重石になった日本──「中国包囲網の'穴'」であることの意味

2021年09月24日(金)21時05分

ただし、外交面に限っていえば、日本がアメリカに全面的に協力しない(あるいは日本自身の都合によってできない)ことは、日本にとって一定の合理性を見出せる。中国と明確に対決しないことは、中国の目を日本に向けさせる効果があるからだ。

これまで中国はアメリカとの関係が悪くなるたび、日本に接近してきた。それによって中国は、日本をよりどころに「国際的に孤立していない」イメージを確保できる。

それは日本にとって、中国に恩を売るまたとない機会となる。だとすれば、中国と全面的に対立するリスクと、どっちつかずである外交的利益を天秤にかけた場合、国内の反中世論を意識して表向きは威勢のいいことを言いつつも、政府・自民党の大勢が、よりコストパフォーマンスの高い手段として後者に向かっても不思議ではない。

アジアの重石

その一方で、日本がどっちつかずであることには、アジアの安定にとっての意味も見出せる。

日本が中国包囲網に全面的に参加すれば、中国をさらに追い詰めることは可能かもしれない。しかし、それは同時に、アジアの緊張をこれまでになくエスカレートさせることも間違いない。

アメリカの中国包囲網はすでに周辺国の懸念を招いている。AUKUS発足を受けて、東南アジア諸国からは「原潜配備はオーストラリアの固有の権利だが、AUKUSは地域の緊張を高める」という批判が上がった。そのなかには中国と領土問題を抱えるフィリピンや、オーストラリアの有力パートナーであるシンガポールまで含まれる。

これは東南アジアに広がる「中国の覇権主義に警戒すべきだが、アメリカの過剰な行動にも警戒すべきだ」という危機感を象徴する。

例えば、深謀遠慮で知られるシンガポールのリー・シェンロン首相は、米中対立が本格化しつつあった2019年10月、アメリカメディアのインタビューで「アメリカと中国のどちらかを選ぶことは'とても難しい'」と述べ、二者択一を迫られることを暗に拒絶した(シンガポール政府系TVが報じたこの部分は、アメリカではほとんどカットされた)。

この文脈を踏まえれば、同じ頃に訪日したリー首相が日本商工会議所の会合で「RCEPにおける日本の役割は非常に重要」と述べたことには、リップサービス以上の意味を見出せる。

つまり、日本がアメリカに全面的につきあわないことは、中国を追い詰めすぎて暴発することにブレーキをかける効果がある。言い換えると、日本のどっちつかずは米中対立を和らげることまではできないが、アジアのバランスを大きく崩さない一助にはなる。

その意味で、日本は好むと好まざるとにかかわらず、「敵か味方か」ではない余地をもたらすことで、アジア全体の重石になったといえる。

日本で現在行われている自民党総裁選は、コロナ対策など内政が大きな争点だが、この観点からも重要である。次期首相の方針、とりわけ中国との距離感は、今後の米中対立にも少なからず影響を及ぼすからだ。自民党総裁選は単なる「コップのなかの嵐」ではなく、アジア全体を暴風雨にさらすかどうかの節目にもなり得るのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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