コラム

新型コロナで戦略物資になった医療用マスクで日本は大きく出遅れた

2020年05月11日(月)11時40分

米複合企業スリーエム(3M)の研究所にはさまざまなN95マスクが並ぶ(ミネソタ州メープルウッド、3月4日) Nicholas Pfosi-REUTERS

<いざという時、医療従事者を守るマスクや防護服を確保できるか否かは安全保障に関わる問題になった。マスクのためなら同盟国さえ裏切る「マスク安全保障」の時代に、日本は中国依存を強めるだけでいいのか>

医療用マスクが不足する日本は、中国からの輸入で急場をしのごうとしている。それは短期的には日本の医療を支えるためにやむを得ないが、長期的には日本の独立性を脅かすものにもなりかねない。

戦略物資になったマスク

新型コロナウィルスが蔓延する世界では医療用マスクの争奪戦が激化しており、同盟国同士のなりふり構わぬ争いも珍しくない。

コロナ蔓延を受けてアメリカのトランプ大統領は、朝鮮戦争時代の「国防生産法」に基づいて、たとえ相手が同盟国であっても医療用物資を輸出することを禁じている。4月上旬、政府命令に反してドイツに輸出されたアメリカ製マスクがタイのバンコクを通過する際に没収されると、発注主だったベルリン州は「同盟国の信頼を損なう」と公式に批判した。

感染者・死者ともに世界一のアメリカは、マスク確保にとりわけ必死といえる。やはり4月上旬、フランスのパリ一帯を含むイル・ド・フランス地域圏の知事は、アメリカ人バイヤーが2倍、3倍の値段でマスクを買い占めていくと不満を述べている。

こうした争奪戦が繰り広げられるなか、日本は劣勢に立たされている。

日本は気密性の高いマスクN95の約30%を輸入に頼っているが、コロナ感染の拡大で海外での調達が難しくなったことでマスク不足が深刻化。安倍首相は4月7日、全世帯にガーゼマスク2枚を配布する計画を発表したが、医療用マスクの追加調達はこれより後回しにされた結果、厚生労働省は4月14日、医療従事者に対して本来使い捨てのN95を殺菌して再使用することを認めざるを得なくなった。

国内増産の遅れ

医療用マスクの不足が表面化したことを受け、安倍首相は4月16日、経団連とのテレビ会議で「売れ残れば国が買い上げる」と国内企業にマスク増産を要請。これを受けて、例えば東京のマスクメーカー興研が国内工場の設備を拡大し、8月までに1カ月200万枚のN95を生産すると発表している。

しかし、日本医師会によると1カ月あたり3000万枚のN95が必要で、現状では国内で増産してもこの目標は遠い。

そんな日本の前に現れたのが中国メーカーだ。マスク不足が深刻化していた4月12日、ソフトバンクは中国メーカーBYDと提携して、1カ月あたりサージカルマスクを2億枚、N95を1億枚、それぞれ5月から無償で供給すると発表した。

もともと世界全体のN95生産量の約半分は中国製といわれる。本来BYDは自動車メーカーだが、中国でコロナ感染が拡大した2月にマスク生産にシフトし、いまや世界屈指の生産量を誇る。

本稿執筆段階でBYDのN95は日本に届いていないが、目算通りの供給体制が整えば、医師会が示す必要枚数をらくに確保できることになる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

UAEがイスラエル首相非難、ガザの戦後支援巡る発言

ビジネス

SUBARU、発行済み株式の3.1%・600億円を

ビジネス

SUBARUの今期営業益予想14.6%減、研究開発

ワールド

米欧、ガザ停戦に向けイスラエルへの圧力足りず=トル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 9

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story