コラム

新参の都市住民が暮らす中国「城中村」というスラム

2023年11月06日(月)16時55分

なぜ「都市の中の村(城中村)」というのか。それは、その場所が土地制度において都市ではなく農村に属するからだ。中国の国土は国有地と集団所有地に分かれる。都市部は国有地であるのに対して、農村は村民が総体として所有する集団所有地である。都市化が進むと、当然都市の領域が広がっていくことになるが、その際に、都市の政府が村と話し合い、村の土地を買い上げて国有地にする。中国では農業用地の転用は厳しく制限されており、田畑を勝手に住宅地や工業用地に変えてはいけないが、都市の政府が村の土地を買い上げて国有地にした後、住宅や工業団地に用途を転換し、土地使用権を不動産業者や企業に売却して利用させる。

以上が都市化を進めるうえでの正しい手続きだが、都市の拡大が急である場合、こうした正しい手続きを踏まぬまま、なし崩し的に農村が都市化していくことがある。中国の村は多くの場合、住宅が真ん中に集中し、農地がその周りを取り囲む目玉焼きのような形をしている。そのうち、真ん中の黄身にあたる住宅用地は「宅基地」と呼ばれ、各農家が一定の敷地を占有して、その中に家を建て、家庭菜園を営んだり、場合によっては小さな工場を建てたり、アパートを建てて人に貸して家賃を稼いでいたりする。周りの白身部分は農業用地と決められていて、そこにアパートや工場を建てることはご法度だが、真ん中の部分は事実上農家の私有地に近く、かなり自由に使うことができるのである。

このような村に都市が次第に拡大して近づいてきた。都市の政府は村に対して土地を買い上げたいと申し出る。村は農地の部分についてはあっさりと買収の申し出に応じるだろう。どうせ農業以外の用途では使えない土地である。将来までの農業収入に見合う額の補償金が払われるのであれば村民は喜んで土地売却に応じる。

ところが、村の真ん中の住宅用地の部分については、話は簡単ではない。都市の拡大が村に近づくにつれ、村民はアパートを建てて都市で働く人たちを住まわせ、家賃を稼ぐようになる。そうなると、庭付き1戸建ての価値程度の補償額では村民は到底売却に応じない。必ずアパートの価値も含めた額を補償することを要求するだろう。また、村の土地は集団所有なので、一部の農民だけが自分の家の敷地を売るということもありえない。必ず村全体として売却の意志を固めないと宅基地の売却には応じられない。そのため、市政府は都市化を進める際に村の農地部分だけ買い上げて、補償額が高くて交渉も面倒な住宅用地は後回しにしがちである(仝・高・龔、2020)。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米欧、ガザ停戦に向けイスラエルへの圧力足りず=トル

ワールド

ブラジル洪水の死者143人、降雨続く

ワールド

英、記録的な冬期豪雨で主要穀物の自給率低下=シンク

ビジネス

中国、超長期特別国債発行開始へ 17日から
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 9

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story