コラム

米中貿易戦争の敗者は日本、韓国、台湾である

2020年01月17日(金)19時20分

ホワイトハウスで「第1段階の合意」に署名したアメリカのトランプ大統領と中国の劉鶴副首相(1月15日) Kevin Lamarque-REUTERS

<「第1段階の合意」は成っても米中貿易戦争はまだ続く。これで損をするのは日本なのに政府も産業界もなぜ黙っているのか>

1月15日にアメリカと中国は貿易交渉を巡る「第1段階の合意」に署名し、激化する一方であった米中間の関税合戦はとりあえず小休止となった。しかし、アメリカが中国からの輸入の7割弱に、中国がアメリカからの輸入の7割以上に関税を上乗せしている状態に変わりはなく、米中はいわば片手で相手の首を絞めながら片手で握手をしたようなものだ。

しかも中国はアメリカからの財とサービスの輸入額を今後2年間で2000億ドルも増やすと約束した。つまり輸入額を2倍以上に増やすという約束であり、実現は非常に困難である。中国はトランプ大統領が再選されず、この約束がうやむやになることに賭けているのではないかと疑うが、アメリカとのこの手の約束を甘く見てはいけないことは日米貿易摩擦の際に日本がさんざん思い知らされたことである。

ということで、世界第1位と第2位の貿易大国が公然と世界貿易機関(WTO)の原則を踏みにじり、互いを疎外国(パリア・ステート)として遇する異常事態はなおしばらく続きそうである。

米中貿易戦争がなかなか終わらない理由の一つは、一見して派手な関税弾の撃ち合いをやっているように見えて、実は米中双方ともに貿易戦争によって大した痛手を被っていないことである。

中国は困っていない

いや中国経済はアメリカの制裁関税の破壊力によってズタズタになっているのではないか、だからこそ中国は白旗を上げて輸入を2000億ドルも増やすことを約束したのではないか、との反論が返ってきそうである。日本のマスコミが描きたがっているのもだいたいそんなストーリーであろう。

だが、米中貿易戦争が原因で中国経済が苦しい状況にあるという解釈は誤っている。まず、中国は2019年のGDP成長率は6.1%で、経済成長率の目標値6.0~6.5%の範囲内に収まった。いやどうせ盛った数字だろう、という反論がすぐに返ってきそうだし、私自身も2015年以降の中国のGDP成長率にはかなり疑念を持っている。ただ、仮に中国の経済成長率が高めに出る傾向があるのだとしても、目標値もそうした統計を前提として作られているのだから、2019年の経済成長率は目標を達成したという事実には変わりはないのである。中国の景気が下降気味なのはたしかだが、それは主に国内要因によるものであり、米中貿易戦争の影響は実はたいしたことがない。

2019年1~11月の中国の輸出額は前年の同じ時期に比べて0.3%の減少であった。アメリカ向けの輸出は12.4%も減少したが、他の国への輸出の増加によって減少分を埋め合わせたのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア軍の上陸艇を撃破...夜間攻撃の一部始終

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 6

    「未来の女王」ベルギー・エリザベート王女がハーバー…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    「私は妊娠した」ヤリたいだけの男もたくさんいる「…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story