コラム

米中貿易戦争・開戦前夜

2018年06月22日(金)22時55分

トランプ大統領は、制裁関税のことをまるで中国に対する罰金のようなものだと誤解しているようだが、中国製品に対する追加関税はアメリカ国民の負担を増やす効果を持つ。すなわち、次の三つの結果のうちのいずれかが起きる。

1)中国製品に25%の追加関税をかけても、アメリカの消費者が、やはり中国製品は割安だからと輸入を続けるかもしれない。この時、中国の生産者は従来通りの販売ができ、アメリカの消費者がアメリカ政府に対して関税を支払うことになる。

2)追加関税の結果、中国製品よりも第3国(例えば日本)の製品の方が割安になり、消費者がそっちを輸入するようになるかもしれない。この時、中国の生産者は損をし、第3国の生産者が得をし、アメリカの消費者も最大25%だけ余計な出費を強いられる。

3)追加関税の結果、中国製品よりアメリカ国内で作られた製品の方が割安になり、消費者がそっちを買うようになるかもしれない。この時、中国の生産者は損をし、アメリカの生産者は得をするが、アメリカの消費者は最大25%だけ余計な出費を強いられる。

トランプ政権が狙っているのはもちろん(3)であるが、品目によっては追加関税が(1)や(2)の結果をもたらしてしまうことも十分考えられるし、いずれの場合もアメリカの消費者は一定の損失を被ることになる。冷静に考えれば、制裁関税なんてアメリカにとってもあまりいいことではないはずなのだが、いまトランプ政権は冷静な思考ができない状態に陥っているようだ。

同盟国も対米報復を誓う

そのことをまざまざと示したのが、6月1日に鉄鋼・アルミに対する輸入制限においてEU、カナダ、メキシコを除外しないと決めたことだ。この輸入制限は今年3月に発動したもので、ロシア、日本、台湾、中国などは鉄鋼25%、アルミ10%の追加関税を課されたが、EU、カナダ、メキシコ、ブラジル、韓国などは除外されていた。

鉄鋼やアルミを輸入に頼るようになると安全保障上の懸念があるからというのだが、アメリカが長い国境線で接するカナダとメキシコ、NATOの同盟関係にあるヨーロッパからの鉄鋼・アルミの輸入にいかなる懸念があるというのだろう。当然のことながら、EU、カナダ、メキシコは課税に憤慨し、それぞれアメリカからの輸入に対して報復課税を行うと発表した。

ちなみに日本は当初から除外されず、首相がトランプ大統領の機嫌を取るためにゴルフをしに行ったがそれでも除外してもらえなかった。ここで報復課税しなければ、トランプ大統領は気をよくして日本をターゲットとした課税をもっと発動するだろう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米貿易赤字、3月は0.1%減の694億ドル 輸出入

ワールド

ウクライナ戦争すぐに終結の公算小さい=米国家情報長

ワールド

ロシア、北朝鮮に石油精製品を輸出 制裁違反の規模か

ワールド

OPECプラス、減産延長の可能性 正式協議はまだ=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story