コラム

お金になりそこねた日本の「電子マネー」

2018年03月07日(水)13時20分

ICカードとQRコードの両方が使えるようになった北京の地下鉄「空港線」の改札機(2018年2月) 筆者撮影

<2001年にEdy、2004年におサイフケータイが登場し、電子マネーの技術では世界の先頭を走っていたはずの日本で、電子マネー乱立の事態を招き、キャッシュレス化が進まないのはなぜか。どうしたら真の電子マネーを普及させ、そのメリットを享受することができるのか>

日本で2017年の1年間に利用された電子マネーの総額は5兆2000億円ほどだった(日本銀行決済機構局「決済動向」)。一方、中国で2016年10月~2017年9月の1年間に利用されたスマホ・マネーの総額は1700兆円、実に日本の320倍である(iResearch調べ)。

同じものどうしを比較してないじゃないか、という批判はごもっともである。日本のほうはICカードやおサイフケータイを通じて使われた交通系電子マネー、楽天Edy、nanaco、WAONの支払額(ただし乗車に使われた分は含まない)、中国のほうはスマホを通じた支付宝(Alipay)、微信支付(WeChatPay)などの支払額で、ICカードは含んでいない。

日本では、スマホを使ってネットショップで何か買い物したらクレジットカードで支払うことが多く、電子マネーはまず使わないが、中国ではそういう場合もスマホ・マネーで支払う。さらに、日本みたいに電気料金を銀行口座から引き落として支払う仕組みがないので、銀行口座からいったんスマホ・マネーの口座にお金を移し、そこから電気代などの公共料金を払う人が多い。さらに、スマホ・マネーの口座にたまったお金を投資信託などに投資して利息を稼ぐ人も多い。

要するに日本であれば銀行からの振込みやクレジットカードを使ってするような支払いを中国ではスマホ・マネーを使ってやっているので、スマホ・マネーの取引額が膨らむのである。

キャッシュレス化が進まない日本

それにしても、日本でカード式の電子マネーが登場したのが2001年、携帯電話やスマホに電子マネーを搭載するおサイフケータイが登場したのが2004年と、中国よりずっと先行していたのに、ここ数年中国がキャッシュレス社会へまっしぐらに突き進み、一気に日本を追い抜いてしまった。

いまや日本は現金志向の強さにおいて世界のなかでも突出している。図にみるように、日本の現金流通残高はGDPの2割に相当する。キャッシュレス化先進国のスウェーデンの現金流通残高がGDPのわずか1.4%であるのとは好対照を見せている。仮に一年間にGDPと等しい額の商取引が行われているとすると、日本では現金は一年間に5回転しかしていないことになる。つまり、社会の中に現金が沈殿しているのである。

marukawachart180307-2.jpg

実は中国もつい5年前までは現金志向が強い国だった。一般の国民が消費のためにクレジットカードを使うことなどほとんどなく、電子マネーもぜんぜん普及していなかった。汚職がはびこっており、賄賂は札束で渡すことが多いので、汚職高官の自宅を調べたら部屋の中に札束がゴロゴロ転がっていた、なんていう噂もあった。現金志向が強かった時代の名残があるので、図にみるように中国の現金流通残高/GDPは国際比較するとまだ割と高い部類に属する。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story