コラム

英首相の「ミッション:インポッシブル」EUからの脱出は本当に可能なのか

2018年11月16日(金)11時00分

北アイルランド、アイルランド間に「目に見える国境」を復活させないためには、EU関税同盟と単一市場と同じルールを維持する必要がある。そうすると英・米FTAやTPP11参加が不可能になる。北アイルランドだけをEUに留めると、英国本土と北アイルランド間のアイリッシュ海に「新しい国境」ができてしまう。

EUがこれまでの頑なな態度を軟化させ、英国とフレキシブルな通商協定を結ぶことに応じない限り、このトリレンマは永遠に解消できない。

離脱後に始まる通商協定交渉が決裂した場合、英国全土がEU関税同盟に留まり、北アイルランドは単一市場にも留まるとした離脱協定書のバックストップ(安全策)が永遠に英国をEUに繋ぎ止める「手錠」になると強硬離脱派は息巻く。

世論調査会社YouGovのクイック投票ではメイ首相とEUが合意に達した離脱協定書を「強く支持する」人はわずか4%、「どちらかと言えば支持」が16%。「どちらかと言えば反対」が16%、「強く反対」が44%にものぼっている。

また「離脱協定書以上のものは望めない」と回答したのが29%、「さらに好条件の合意が可能」は49%もあった。多くの人がメイ首相の交渉結果に不満を抱いているのは明らかだ。

メイ首相が「一番苦しい時(Darkest Hour)」を耐え抜き、議会で離脱協定書の承認を得られるかどうかは、「血と苦労、涙と汗以外に差し出せるものを私は持たない」と演説したチャーチルのような覚悟を示せるかにかかっている。

しかし、これまでの演説では「これで精一杯だから我慢して」という言い訳にしか聞こえない。議会承認に向け、メイ首相が「通商協定交渉でベスト・ディールを必ず英国に持ち帰る」と力強く演説できるのか否か、英国民だけではなく、世界が固唾をのんで見守っている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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