コラム

東京オリンピックの前向きな中止を考えよ

2021年05月26日(水)11時00分

東京五輪を開催すればIOCも救われない?(バッハ会長)GREG MARTINーIOCーHANDOUTーREUTERS

<移動や宿泊などのロジスティクスを考えれば現状下の五輪開催は無理。それでも多くの関係者が救われる方策はある>

筆者自身は新型コロナウイルスワクチンの接種予約をなんとか取れたが、この感染症は東京オリンピックまでには収まるまい。

菅政権と国際オリンピック委員会(IOC)は自らの存続を五輪開催に懸けているようだが、このままでは失敗して、かえって力を失うのでないか。東京オリンピックが実現可能なのか、シミュレーションしてみよう。

まず、空港で選手たちを出迎え、選手村に送るところから。会期を通じて1万人以上の選手と約6万人の関係者が、世界中から三々五々とやって来る。国ごとに感染対策が違うので、検疫も国ごとや一人一人にテーラーメイド方式による入念な対応が必要だ。

英語のできない選手や役員も多数いる。現在確保している市民ボランティアは、人数は十分でもコロナ禍での細かいニーズに対応できるかどうか。

一方で、国内での移動にバスは使えない。1人ずつに1台の車と運転手、そしてアテンド要員が必要になる。選手村は、現在の相部屋ではなく1人1部屋に。予定されている4000室弱では対応できないだろう。そして食堂は密そのものになるので、各部屋にケータリングすることになる。

通常のオリンピックなら、選手個人、各国役員の判断で問題は片付く。しかし今回は、選手個々の事情と動きを、地方の会場にいる選手についても中央の「司令塔」が把握し、問題が起きれば関係諸方面と調整して解決を図り、アテンド要員に指令を下さなければならない。

これは多数の車・人員を一手に動かすノウハウ、そして通信手段を持つ自衛隊あるいは警察くらいにしかできないことだが、彼らを超法規的に便利屋として使うのは控えるべきだ。だとすれば、今の状況での開催にはやはり無理がある。

よく「IOCはオリンピックのテレビ放映権料で収入の7割を確保し(米NBCだけでも2032年までの独占放映権に76億5000万ドルを約束している)、これをスポーツ振興のためにもろもろのスポーツ連盟や各国のオリンピック委員会などに分配している。そのためオリンピックを中止すれば、それらの活動が成り立たなくなる」と言われる。

しかし今年1月にIOC関係者が、「東京オリンピックが中止になっても、それで活動が停止する競技団体が出ることにはならない」と述べている。日本では生真面目に、「中止のときには違約金を払わねば」などと考えている人がいるが、そんなことはIOCとの契約書には書かれていない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シンガポール航空機、乱気流で緊急着陸 乗客1人死亡

ビジネス

アストラゼネカ、30年までに売上高800億ドル 2

ビジネス

正のインフレ率での賃金・物価上昇、政策余地広がる=

ビジネス

IMF、英国の総選挙前減税に警鐘 成長予想は引き上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル写真」が拡散、高校生ばなれした「美しさ」だと話題に

  • 4

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 5

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 6

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story