コラム

イギリス警察は人種差別主義? データはBLMの主張と矛盾する

2020年06月27日(土)18時50分

こういったデータから読み取れるかぎり、どれか1つの人種に対する警察の扱いが問題だというよりは、精神疾患治療の問題と関わっている。不当で致命的な警察の武力行使が問題になっているわけではなさそうだ。

精神疾患や重度の依存症の人々は自傷行為に走る傾向があり、逮捕に抵抗し続けたり警察に武器を振り回したり警察官を攻撃したり、支援してくれようとするヘルスワーカーを攻撃して結局は警察を呼ばれたりする。言うまでもないが、こうしたケースでは拘束力を行使することが多くなるし、より強力な武力を行使するかもしれないし、複数の警官で対応するかもしれない。

イギリスの黒人が、まぎれもなく不釣り合いな割合で扱われていることを示す数字が1つある。職務質問だ。黒人の若者は、警察に呼びとめられて武器携帯を確認される頻度がずっと高い(白人の約10倍だ)。しかし、黒人は大幅に偏った比率で、都心部の犯罪率の高い地域や、高失業率やドラッグギャングなどの問題を抱える住宅団地などに住んでいる。その事実こそがイギリスの人種差別の証しだという主張もできるだろう。あるいは、警察は最もリスクの高い地域で人々を守るためにより活動を強化しているという見方もできるかもしれない。

都心部貧困地域に住む白人の若い男性が、犯罪率の低い高級住宅街に住む白人(あるいは黒人)男性と比べてどの程度、職務質問を受けているのかというデータに興味があるが、そうしたデータはみつからなかった。

言うまでもなく、法律を順守して生活している黒人が警察に職務質問されるのは気に障るだろうし、それが度重なれば怒りを覚えるだろう。職務質問はその性質上、当たり外れがあるもの。多くの無実の人々が呼びとめられることになるのだ。そして職務質問は、(いつもではないが)ある程度は無作為に行われる。「何となく怪しく見える姿や行動」はどうしても目についてしまうのだ。

だが、職務質問には二律背反の側面もある。若干の武器を押収するため、若干名の武器携行を止めるため、そして暴力行為に及ぶ一握りの人を逮捕・拘束するために、多くの人の気分を害しているかもしれないが、それによって計り知れない数の命を救っていて、その多くが黒人の命なのだ。

職務質問の一層の強化を求めている人々の中には、保守党の次期ロンドン市長選候補者のショーン・ベイリー(ロンドン都心部出身の黒人でもある)や、近年増加しているちゃちな争いに巻き込まれて息子が刺殺されたり、ギャングの「縄張り争い」(「戦争」と称してギャングがライバル地域の若者を無作為に殺害する)で息子を殺害されたりした、悲嘆にくれる家族たちもいる。

もちろん、警察のシステムにはまだ人種差別的な偏りがあると主張することもできるだろうし、犯罪防止のために多くの罪なき人を不快にさせるのはいかがなものかという議論もあるだろう。でも、イギリスの警察は本質的に人種差別主義で、無責任で、罪なき人々にとって脅威であり、資金を停止すべきだ――というブラック・ライブズ・マター運動の極端な主張を、統計が裏付けているなどと主張するのは、合理的ではない。

【話題の記事】
・コロナに感染して免疫ができたら再度感染することはない?
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・今年は海やプールで泳いでもいいのか?──検証
・韓国、日本製品不買運動はどこへ? ニンテンドー「どうぶつの森」大ヒットが示すご都合主義.


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、年内は金利据え置きの可能性=ミネアポリス連

ワールド

ロシアとウクライナの化学兵器使用、立証されていない

ワールド

米、イスラエルへの兵器出荷一部差し止め 政治圧力か

ワールド

反ユダヤ主義の高まりを警告、バイデン氏 ホロコース
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 7

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 8

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 9

    ハマス、ガザ休戦案受け入れ イスラエルはラファ攻…

  • 10

    プーチン大統領就任式、EU加盟国の大半が欠席へ …

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story