コラム

ロックダウンで脅かされる命もある

2020年04月07日(火)18時45分

命を守るはずが、結果的に貧困層などの命と生活をむしばむ恐れも Kevin Coombs-REUTERS

<現在のイギリスの「都市封鎖」は経済的封鎖でもあるために、とてつもない困窮を引き起こしている>

新型コロナウイルスの死者数と感染者数が積み上がっていく恐ろしい状況とはまた別に、不安に駆られるようなデータがある。イギリスの4世帯に1世帯が貯蓄100ポンド以下だというのだ。これは、何百万もの人々がギリギリの生活をしていることを思い知らせる。

なにもホームレスや生活保護受給者といった明らかな貧困に限らず、大勢の「ワーキングプア」や一見裕福そうな「余裕ゼロ層」(住宅ローンや自動車ローン、家計や修学旅行費の支払い、年老いた親の介護などを「なんとかやりくりする」ので精いっぱいという人々)もいるのだ。3人に1人は貯金額1500ポンド以下で、これはイギリス人の平均手取り月収を下回る。

いうなれば、現在の「ロックダウン(都市封鎖)」は、経済的封鎖でもあるために、とてつもない困窮を引き起こしている。ロックダウンで影響を受けた人々を対象に所得の80%を補償するとした英財務相の発表は寛大だが、十分に迅速でもなければホテルやレストラン、パブ、タクシー業などで収入が途絶えて資金不足に陥った世帯を支援するのに十分でもない。今後確実に起こる失業者急増は、多くの破産と大惨事を生むだろう。

英政府は家賃不払いによる立ち退きや住宅ローン滞納による差し押さえを防止する方向で動いている。緊急対応としては安心させられるものだが、今後事態がいかに悪化するかを物語っているともいえる。

たとえ無情に見えようと、ロックダウンに反論できる根拠もある。スウェーデンで今のところ実施されているような、あまり強硬でない路線は、近いうちにより多くの死者を出すかもしれないが、経済状況はましな状態で持ちこたえるだろう。

だが、これは単に「命かカネか」という問題ではない。「コロナウイルスで失われる命か、ロックダウン不況で失われたり打撃を受けたりする命か」という問題なのだ。経済成長は国民保健サービス(NHS)など公共サービスの原資となり、最低賃金の継続的上昇といった社会の発展に寄与し、重要な環境政策に使われる。不況下では、不況下だからこそ最も必要とされるはずの義援金が、がくんと減る。貧困は、単に自殺率の上昇と関連があるだけでなく、生活の質を脅かしたり寿命を縮めたりする問題と強く関わっている――ホームレス化や鬱、ドラッグやアルコール、犯罪率増加などだ。

多くの若者の未来が奪われる

40歳以下の多くのイギリス人は既に、自分が生涯働き続けなければならないだろうと悟っている(10年ほど前までは65歳で定年が常識だったのだが)。彼らがなんとか年金用に積み立ててきたあらゆる資金が、既に深刻な打撃を受けている(「年金20%カット」というより、「2年の定年延長」と考えたほうがよさそうだ)。

大学生はその学歴に見合う雇用市場がないままに卒業し、重いローンを返済することもできない。そして未来の世代には、現在の緊急措置で生じた巨額の債務のために重い税負担がのしかかるだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国人民銀、住宅ローン金利と頭金比率の引き下げを発

ワールド

米の低炭素エネルギー投資1兆ドル減、トランプ氏勝利

ワールド

パレスチナ自治政府のアッバス議長、アラブ諸国に支援

ワールド

中国、地方政府に「妥当な」価格での住宅購入を認める
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story