コラム

ニューヨークと僕の不思議な縁

2009年08月05日(水)12時36分

 僕がまだティーンエージャーだったころ、母からすごい話を聞いた。母のいとこのビンセントがロサンゼルス五輪に出場するという。しかもアメリカ代表として。

 驚きの事実はまだあった。彼の兄のデニスはニューヨーク在住のアーティストで、彼らの父、つまり僕の大叔父に当たるジョンは50代でマラソンを始め、ニューヨークマラソンを完走したそうだ。

僕はニューヨークに親戚がいるという事実、そして彼らがやっていることを知ってぶったまげたのを覚えている。

 それから僕は、ニューヨークに特別なつながりを感じ始めた。何しろ「僕の遠い家族」が住んでいる街だ。それまで僕はアメリカに対して特別に興味を持ったことはなかったが、いつの日かニューヨークを訪れるような気がしていた。だから、97年にニューズウィーク日本版の研修でニューヨークを訪れたときは、「運命」のようなものを感じてしまった。

 ちょっとばかげているかもしれないが、もし歴史が少しばかり違っていたら、僕はニューヨーク生まれになっていたかもしれないとさえ思っている。

■アイルランドを襲った飢饉で移住を余儀なくされて

 僕の家系(の大半)はアイルランド西部メイヨー州の出身だ。アイルランドが大飢饉に見舞われた1840年代、メイヨー州からは何十万もの人々がニューヨークに移住した。祖先たちがどうやってアイルランドで最も貧しく最大の被害を受けたメイヨー州で生き延びることができたのか、なぜそこに留まったのかは分からない。でも、僕の祖先が裕福な地主でなかったことは確かだ。

 当時、ジャガイモの病気が原因で起きた凶作で飢饉が発生。多くの親戚やその友人たちがアイルランドを後にした。メイヨーの人口は1841年からの10年間で、飢饉による餓死と国外脱出で3割も減った。1841年には38万9000人を数えた人口は、僕がイギリスで生まれた頃には11万に減っていた。

 今日のアメリカの人口のうち数千万人が、アイルランドから移住してきた人々を祖先に持つとされる。アイルランドにカトリックを広めた聖パトリックの命日で、アイルランドの祭日でもある「聖パトリックの日」のパレードの参加者は、ダブリンよりニューヨークのほうが多いとよく言われている。実際、ニューヨークのパレード参加者はダブリン市の人口よりも多いのだ。

 大飢饉が去った後、曾祖父母や祖父母の時代には、僕の親戚の多くもアメリカに移住した。アイルランドで営んでいた農場は家族全員を養うのにも、たくさんの子供たちに分け与えるのにも小さすぎた。

 僕の曾祖母の姉妹4人は、曾祖母だけをアイルランドに残してニューヨークへ向かった。曾祖母は40歳になる以前に亡くなったが、姉妹たちはアメリカで長生きしたという。僕の家族はこうした親戚たちと、もうずっと前に連絡を絶ってしまった。でもきっと僕の「みいとこ」みたいな遠い親戚がアメリカのあちこちにいるはずだ。

■僕がイギリス人なのは偶然だった!

 曾祖父のジャック・ジョイスはアメリカで鉄道員として働き、アイルランドの農場に残してきた家族に仕送りをしていた。最近になって、彼が1917年に米軍に入隊していたことを示す文書を姉が見つけた。アメリカが第1次大戦に参戦した年だ。 曾祖父は病に倒れ、故郷に帰ることなく亡くなった。もしもっと長生きしていたなら、僕の祖父母の世代はアメリカに渡っていたかもしれない。

 だが結局はそうならず、僕の家族の多くはアイルランドに残るか、イギリスに渡っただけだった。イギリス人らしさが僕のジャーナリストとしての資質に不可欠なのに、僕がアイルランド人でもアメリカ人でもなくイギリス人なのは偶然に過ぎないと分かり、なんだか妙な気分だ。

 ちなみに僕の父はイギリスに強い愛着を持ったことがなく、いまだに自分の故郷は幼いころに後にしたメイヨー州だと思っている。

 2週間ほど前に、テキサス州オースティンに住む大叔父のジョンを訪ねた。数年前、息子のビンセント夫妻がそこで仕事を見つけたために一緒に移り住んだという。ジョンは82歳になるが健康そのもので、記憶もしっかりしている。2度も夫に先立たれた母の下で、きょうだい8人と極貧の生活を送っていたアイルランドでの子供時代をはっきりと覚えていた。

 ビンセントは技術者として成功し、素敵な家に住み、2人の娘に恵まれている。彼は僕の母のいとこだが、歳は僕とそう変わらない。それに僕たち2人の人生には似ているところがあるから、ビンセントとの会話はちょっと落ち着かなかった。何人かの人に指摘されたけれど、見た目も似ている。なんだか自分の「アメリカ人版」を見ているような気分だった。

 その意味で気恥ずかしさはあったものの、彼らと会って元気付けられた。アイルランド西部の歴史は悲しみに包まれている。貧困、飢餓、抑圧、独立闘争......。僕はアイルランド人が移住を余儀なくされたり、家族が離れ離れになったりする話や歌を聞いて育った。だから親戚たちがアメリカで成功し、幸せな生活を送っていることを知るのは嬉しかった。

 そして、会うこともないだろうアメリカの遠い親戚に思いをめぐらし、自分たちの祖先の多くが母国で苦境に耐え抜いたことを知らない他のアイルランド系の人たちのことを考えた。

 望まぬ移住で人生を狂わされてもハッピーエンドがあり得る、などとうそぶくつもりはないが、まったくの悲劇で終わるというわけでもない。

colin010809.jpg

82歳の大叔父ジョンと母のいとこビンセントに囲まれて

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story