コラム

国王が譲位!? 若き皇太子と揺れ動くサウジアラビア

2017年09月29日(金)12時28分

英語メディアでは彼を「Mr. Everything」と呼ぶことがあるが、まさにそのとおりである。サウジアラビアでは制度上、国王が最終的な実権を握っているが、現国王は80歳を超えた老齢で、認知能力が衰えているとの説も根強い。譲位の噂が本当なら、かわいい実の息子に速やかに跡を継がせることが残された最後の仕事といえるかもしれない。

カタル危機、改革の停滞、イスラエル訪問報道...

だが、そうは問屋が卸さない。前述のとおり、MbSの政策は順調に進んでいるものばかりではないのである。5月からはじまったいわゆる「カタル危機」では、MbSはアブダビ(UAE)のムハンマド・ビン・ザーイド皇太子とともに主導的役割を果たしているとされるが、小国カタルの抵抗が思いのほか強く、国際社会の同情もカタル側に集まっているのが現状だ。

MbSイニシアティブの目玉というべき「サウジ・ビジョン2030」そしてその中間試験ともいうべき「国家変革計画」(NPT)は、基本的にサウジアラビアを石油依存体質から脱却させることを目標としている。その目的、方向性に疑問はない。だが、目標として掲げた数字が野心的すぎるとか、タイムテーブルに問題ありといった批判も出てきている。

たとえば、改革の柱となるべき国営石油会社サウジアラムコの新規株式上場(IPO)は来年なかばごろに予定されているが、ここにきて延期説も出はじめた。このIPOは、もともと改革実行のための原資に想定されていたため、IPOが遅れれば、それだけ改革も遅れることになるわけだ。とくに2020年を基点とする国家変革計画には早くも見直し説が流れている。

また、ここにきて外交や宗教面がきな臭くなっているのも気にかかる。9月はじめMbSがイスラエルを訪問したというニュースが駆け巡った。両国には外交関係がなく、もし、これが事実なら大騒ぎである。この事件に関してサウジ側は基本的に否定しているし、イスラエル側はコメント拒否という、いつもどおりの対応だ。イスラエル系のデブカファイルとかロシアのスプートニクなど眉唾もののメディアばかりが大きくあつかっているので、報道の信憑性には疑問符をつけざるをえない。

不可思議な知識人の逮捕から、女性の運転解禁へ

しかし、もう一つのきな臭い匂いは国内からであり、こちらはおそらく事実なので、サウジアラビアにとってはより深刻だといえる。つまり、9月はじめごろにサウジアラビアの知識人数十人が逮捕されたとの報道があったのである。

このなかには、サルマーン・オウダやアワド・カルニー、アリー・オマリーら著名なイスラーム法学者、説教師らも含まれている。オウダは、アルカイダのオサーマ・ビンラーデンが尊敬する知識人として名前を出していたことで一躍有名になった人物であり、1990年代はほぼ当局に捕まっていた。その後、釈放されてからは、政府批判は鳴りを潜め、比較的自由な活動をつづけていたので、当局にとって危険人物とはみなされなくなった(その結果、過激派からは人気がなくなったが)、と少なくともわたしは考えていたのだが、実はそうでもなかったということだ。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、ウクライナと前提条件なしで交渉の用意 

ワールド

ロシア、クルスク州の完全奪回表明 ウクライナは否定

ワールド

トランプ氏、ウクライナへの攻撃非難 対ロ「2次制裁

ワールド

イラン南部の港で大規模爆発、14人死亡 700人以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドローン攻撃」、逃げ惑う従業員たち...映像公開
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story