コラム

「トランプ大統領」の出現を19世紀に予見した男

2024年03月28日(木)15時39分
トクヴィル

トクヴィルは「トランプのアメリカ」を予見していた PICTURES FROM HISTORYーUNIVERSAL IMAGES GROUP/GETTY IMAGES

<「もしトラ」に全世界が注目するが、そもそも19世紀にトランプ的な指導者がアメリカで誕生する、と予見していたフランス人がいる。アレクシ・ド・トクヴィルである>

先日、ボストンから高速列車でニューヨークに行き、トクヴィル財団の会合に出席した。19世紀のフランスの思想家、アレクシ・ド・トクヴィルに関心のある市民と研究者が集まり、アメリカの民主主義を守るという喫緊の必要性について議論したのだ。

トクヴィルの著書『アメリカのデモクラシー』(邦訳・岩波文庫)は民主主義の基盤に関する最も深い分析である。私はアメリカ政治を学ぶ大学生だった1975年にトクヴィルを知り、しびれるほど衝撃を受けた。この旅は、私的な旅でもあった。財団の会長はトクヴィルの直系の子孫で、彼と私は40年前に大学院生だった頃、アパートの一室をシェアしていた。 それ以来、私たちは友人だ。

私はよく、移動中に適当に年を選び、窓の外を流れる建物や道路、風景が当時もあっただろうかと考える。今回はトクヴィルがアメリカを旅した1831年を選んだ。

選んだ年のものがほぼ残っていないのはいつものことだが、今回は「トランプ」の旗や庭先の立て看板を時々見かけた。トクヴィルはトランプをどう思うだろう? 粗野なアメリカのファシストと、フランスの伯爵で偉大な歴史家を並べて語ることは、ばかげているが恐ろしくもなる。

トランプは寝室に1冊だけ本を置いているという。アドルフ・ヒトラーの演説集『我が新秩序』だ。トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』は、アメリカの大学で政治を学ぶと必ず教わる。だがこんにちのアメリカの民主主義とは何か、どうなりつつあるのかをうまく捉えているのは、トランプなのか、それともトクヴィルなのか。

トクヴィルは、トランプがアメリカの半数の共感を得ていることに、愕然としても驚きはしないだろう。彼自身が、アメリカ社会には専制君主を権力に引きずり込む本質的な資質があると警告している。トクヴィルは民主主義を、特定の統治の構造やプロセスの結果としてではなく、社会の慣行や信念から生まれる社会現象として捉えている。つまり、アメリカの民主主義は、弱い中央国家の下で自治を主張する活力ある市民社会から、強く多様でそれゆえ寛容な宗教観に由来する道徳的な市民文化から、規制された競争を通じて個人の利益を追求することが社会に利益をもたらすというアメリカ独自の「見識ある自己利益」の文化から、生まれたのだ。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大す

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も

ビジネス

米ホーム・デポ、売上高が予想以上に減少 高額商品が

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story