コラム

東京五輪は何人分の命の価値があるのか──元CIA工作員が見た経済効果

2021年06月10日(木)18時15分

1984年ロサンゼルス五輪はアメリカのアスリートにスリリングな愛国的勝利をもたらしたが、世界は成功の機会と深刻な銃犯罪が同居するアメリカの現実をよく知っている。

それでも古代ローマのコロシアムから北京の「鳥の巣」まで、国威発揚を目的とする壮麗な見せ物にはあらがい難い魅力がある。

同様に五輪開催国の政府は、必ずと言っていいほど経済効果を強調する。

日本の試算は恐ろしいほど楽観的だ。約3兆円とも言われる投資に対し、直接的な波及効果だけで5兆円。長期的効果は27兆円に上り、194万人の雇用を創出するという。

安倍晋三前首相と菅義偉首相は、何十年も低迷が続く日本経済の活性化を五輪開催に期待した。

だが100年に1度のパンデミックは、その期待を打ち砕きかねない。菅は五輪開催による公衆衛生上のリスクと経済効果を比較検討する必要に迫られている。

日本の五輪投資は、純然たる赤字に終わる可能性がある。

実は、スポーツの試合を行うことにどの程度の経済効果があるかは疑わしい。

プロスポーツチームは、地元に追加の経済生産を生み出さないと言われている。野球観戦する人はスタジアムでホットドッグを買うかもしれないが、もし地元に野球チームがなければ人々はほかの娯楽や外食にその金を使っていただろう。

五輪関連のインフラ投資には経済効果があるとしても、開催国はそれと引き換えに、長年にわたり莫大な債務を抱える場合が多い。それよりは、国民全体のためのインフラ整備に投資するほうが効率的だ。

1976年に夏季五輪を開催したカナダのモントリオールは、五輪関連の負債を返済するまでに30年を要した。結局、五輪が残した競技場などの施設はあまり活用されず、莫大なコストばかりが垂れ流された。

幸い、日本はこれまで新型コロナの打撃が比較的小規模に抑えられている。人口100万人当たりの死者数は100人余り。1800人を上回っているアメリカに比べれば、はるかに少ない。

しかし、五輪が開催されれば大勢の人が東京を訪れて競技場や飲食店に集まる。一方、本稿執筆時点で日本のワクチン接種の完了率は3%余りにとどまっている。

人が集まるとウイルスの感染が拡大するという点で、疫学専門家の意見は一致している。

コロナ禍の長期化に伴い、既に日本の医療は逼迫していて、五輪開催によって感染が拡大すれば「医療崩壊」に陥ると、東京都医師会は警鐘を鳴らしてきた。東京五輪をきっかけに「オリンピック株」とでも呼ぶべき新たな変異株が生まれかねないと恐れる専門家もいる。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story