コラム

対北朝鮮トランプ外交の見せ掛けの「勝利」

2018年05月10日(木)17時50分

北朝鮮に解放されたアメリカ人3人を出迎えたトランプ(5月10日、メリーランド) Jim Bourg-REUTERS

<朝鮮半島「非核化」+在韓米軍削減の取引(ディール)は、長期的にはアメリカの戦略的地位を低下させるだけ>

もし私が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長なら、自国と同様にアメリカににらまれたイランとリビアの現状、そしてドナルド・トランプ米大統領の言葉に注目する。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領との南北首脳会談の後、トランプとの米朝首脳会談を控えた今は、これまで以上に核兵器とICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発計画に固執するはずだ。

もし私がトランプなら、金と文も朝鮮半島の核・ミサイル問題も自分が主人公の終わりなきメロドラマの小道具と見なし、どうやって見ばえをよくするかを考える。

ある意味で私は、この問題を近代の建築思想と逆の視点から捉えている。「形式は機能に従う」ではなく、「機能は形式に従う」という見方だ。

だから奇妙に聞こえるかもしれないが、挑発的でとっぴに見える「ならず者国家」の若い指導者と、気まぐれで無知なうわべだけの「自由世界のリーダー」との会談は、全当事者に受け入れ可能な形式の(内容も多少はある)取引が成立する可能性が極めて高いと考える。

5月3日には、トランプが在韓米軍の削減を検討するよう指示したという報道が流れた(本人は翌日に否定したが)。金正恩は朝鮮半島全体の非核化を目指す意思を表明し、平和的で理性的な一面を強調する外交戦術を展開している。ここで言う「非核化」の中身が、北朝鮮とトランプの間で異なっていても問題はない。

トランプは米朝首脳会談から是が非でも「勝利」を持ち帰りたい。政治的な「勝利」が欲しいのは韓国の文も同じだ。金も経済的・政治的圧力の緩和と、米軍の軍事行動のリスク軽減という「勝利」を求めている。

事態の悪化と朝鮮半島のさらなる混乱を恐れる中国も、この3人の「勝利」を望んでいる。日本の安倍晋三首相に必要な「勝利」は、台頭する中国の攻勢と北朝鮮という危険な存在に直面する日本をアメリカが見捨てないことだ。

変化の多くは「形式」だけ

では、ここで言う「勝利」とはそもそもどういう意味なのか。「機能は形式に従う」という表現と同じように、首脳会談における外交上の「勝利」とは、それぞれの当事者にとって意味が異なるものであり、各当事者が喧伝する内容以上に「形を整える」という側面が大きい。

北朝鮮は予想どおり非核化を約束するが、このプロセスを何年も引き延ばすだろう。アメリカは北朝鮮側の「コミットメント」と引き換えに在韓米軍の規模縮小を約束するが、短期的には象徴的なポーズにとどまる。米軍削減のプロセスも北朝鮮の非核化と同様に引き延ばされ、おそらく尻すぼみに終わる。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、25日に多連装ロケット砲の試射視

ビジネス

4月東京都区部消費者物価(除く生鮮)は前年比+1.

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

バイデン氏、半導体大手マイクロンへの補助金発表 最
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story