コラム

手に汗握るディープラーニング誕生秘話。NYタイムズ記者が書いた「ジーニアス・メーカーズ」【書籍レビュー】

2021年10月22日(金)15時15分

しかしこの本によると、実際に「AI冬の時代」と呼ばれる時期にディープラーニングの基になるような研究をしていたのは日本だけで、当時関連する論文は日本人が書いたものがほとんどだったという。当時の欧米のコンピューター科学の研究者の多くは、AI研究に将来性はないと考えていた。ところがネット上のデータが爆発的に増え、コンピューター機器の性能が大幅に向上。日本人研究者たちが考えていた手法で、成果が出始めた。日本人研究者たちの手法を少し改良したディープラーニングという手法が注目を集めるようになり、ディープラーニングの命名者のヒントン教授を初め、ニューヨーク大学のヤン・ルカン教授、モントリオール大学のヨシュワ・ベンジオ教授が、「ディープラーニングの3人の父」と呼ばれるようになった。その功績を北米の研究者が独占していることをおもしろく思わないヨーロッパの研究者の一人は、日本人研究者の貢献にも着目すべきだ、と本の中で語っている。

今日のAIのアイデアの基礎は、日本人研究者たちが作り上げたと言っても、どうやら過言ではなさそうだ。

貪欲でなければ勝てない

こういう話をすると、どうして日本はAI研究でトップを走り続けることができなかったのか、という話になりがちだ。実はその問いに対する答えらしきものも、この本の中で見つけることができる。

それは、日本人研究者がお金に興味がなかったから、ということなのかもしれない。日本人研究者だけではない。欧米でも一般的にアカデミズムに所属する人たちは、金儲けに固執することをよしとしない風潮があるように思う。

ところがヒントン教授は躊躇なく大金を求めた。テック企業に単純に雇用されるだけなら、多くても大学の給料の数倍程度の額しか給料をもらえない。しかし会社を作って、それをテック大手に売却するとケタ違いのお金が入る。そのことを同教授は知っていた。

さらにテック大手を集めてオークションに参加させれば、金額はどんどん釣り上げられる。同教授の研究に興味を示してきた大手数社を集めてオークションを開催することにした。中国バイドゥとGoogleは、最後までオークションから降りそうもない。腰痛のこともあるので、同教授は弟子である大学院生2人と作ったばかりの会社を4400万ドルでGoogleに売却することにしたという。

なぜ大金にこだわったのか。ディープラーニングには高性能コンピューターが大量に必要。高性能コンピューターの数が多ければ多いほど、ディープラーニングの性能が上がる。つまりディープラーニングにはお金が必要なのだ。

学会でのディープラーニングの評価がまだ定まっていないときに、高性能コンピューターを大量に購入するための研究費を大学に申請しても、どの程度の研究費を支給してもらえるだろうか。一方で商機に敏感な企業なら、設備投資にケタ違いの額を支払ってくれるに違いない。同教授はそう考えたのだろう。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国SMIC、第4四半期は60.7%増益 予想上回

ビジネス

米関税、ユーロ圏物価を下押し 利下げで相殺可能=E

ビジネス

フランス産ワイン・蒸留酒輸出、貿易摩擦の影響で3年

ビジネス

韓国当局、個人情報流出のクーパンにシステムの脆弱性
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 2
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...周囲を気にしない「迷惑行為」が撮影される
  • 3
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トランプには追い風
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 6
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 7
    変わる「JBIC」...2つの「欧州ファンド」で、日本の…
  • 8
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 9
    衆院選で吹き荒れた「サナエ旋風」を海外有識者たち…
  • 10
    「二度と見せるな」と大炎上...女性の「密着レギンス…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story