しかしこの本によると、実際に「AI冬の時代」と呼ばれる時期にディープラーニングの基になるような研究をしていたのは日本だけで、当時関連する論文は日本人が書いたものがほとんどだったという。当時の欧米のコンピューター科学の研究者の多くは、AI研究に将来性はないと考えていた。ところがネット上のデータが爆発的に増え、コンピューター機器の性能が大幅に向上。日本人研究者たちが考えていた手法で、成果が出始めた。日本人研究者たちの手法を少し改良したディープラーニングという手法が注目を集めるようになり、ディープラーニングの命名者のヒントン教授を初め、ニューヨーク大学のヤン・ルカン教授、モントリオール大学のヨシュワ・ベンジオ教授が、「ディープラーニングの3人の父」と呼ばれるようになった。その功績を北米の研究者が独占していることをおもしろく思わないヨーロッパの研究者の一人は、日本人研究者の貢献にも着目すべきだ、と本の中で語っている。

今日のAIのアイデアの基礎は、日本人研究者たちが作り上げたと言っても、どうやら過言ではなさそうだ。

貪欲でなければ勝てない

こういう話をすると、どうして日本はAI研究でトップを走り続けることができなかったのか、という話になりがちだ。実はその問いに対する答えらしきものも、この本の中で見つけることができる。

それは、日本人研究者がお金に興味がなかったから、ということなのかもしれない。日本人研究者だけではない。欧米でも一般的にアカデミズムに所属する人たちは、金儲けに固執することをよしとしない風潮があるように思う。

ところがヒントン教授は躊躇なく大金を求めた。テック企業に単純に雇用されるだけなら、多くても大学の給料の数倍程度の額しか給料をもらえない。しかし会社を作って、それをテック大手に売却するとケタ違いのお金が入る。そのことを同教授は知っていた。

さらにテック大手を集めてオークションに参加させれば、金額はどんどん釣り上げられる。同教授の研究に興味を示してきた大手数社を集めてオークションを開催することにした。中国バイドゥとGoogleは、最後までオークションから降りそうもない。腰痛のこともあるので、同教授は弟子である大学院生2人と作ったばかりの会社を4400万ドルでGoogleに売却することにしたという。

なぜ大金にこだわったのか。ディープラーニングには高性能コンピューターが大量に必要。高性能コンピューターの数が多ければ多いほど、ディープラーニングの性能が上がる。つまりディープラーニングにはお金が必要なのだ。

学会でのディープラーニングの評価がまだ定まっていないときに、高性能コンピューターを大量に購入するための研究費を大学に申請しても、どの程度の研究費を支給してもらえるだろうか。一方で商機に敏感な企業なら、設備投資にケタ違いの額を支払ってくれるに違いない。同教授はそう考えたのだろう。

AI研究を司るひと握りの天才たち