上海で拘束された台湾「八旗文化」編集長、何が中国を刺激したのか?
「興亡の世界史」を紹介する富察氏のYouTube動画
<上海で中国当局に拘束された台湾「八旗文化」出版の編集長・富察氏に世界の注目が集まっている。何が中国当局を刺激したのか。自著の翻訳・出版で長年富察氏に協力してきた楊海英氏が語る中国の「レッドライン」>
3月末に上海にいる母親に会いに行ったところ、中国当局に拘束された台湾の八旗文化出版の編集長・富察(フーチャー)氏が、世界各国のメディアから注目されている。
八旗出版は私の本も複数、日本語から中国語に翻訳して出してくれた。彼の出した学術書を断罪するならば、私は間違いなく「共犯者」の1人である。説明責任を果たすためにも、その経緯と背景について書かなければならない。
岩波書店から2009年に出版され、司馬遼太郎賞を受賞した拙著『墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』は、2014年に八旗出版から翻訳・刊行された。共産党決議により正式に否定されつつ、いまだにタブー視される文化大革命(以下、文革)について、歴史学の視点から書いたものだが、2016年に文革発動50周年を迎える予定だったこともあり、中国語圏で広く読まれた。
その後、『モンゴルとイスラーム的中国』(風響社、後に文春学藝ライブラリー)、『逆転の大中国史』(文藝春秋)、そして『モンゴルと中国のはざまで―ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢』(岩波書店)も翻訳して出してくれた。いずれもモンゴル草原とシルクロードに憧れる台湾の読者が、そこに暮らす人々の生き方についての理解を深めるのに役に立った、と台湾の出版関係者やメディア人から聞いたことがある。
台湾人の歴史観を変えたい、と富察氏と私は語り合った。日本はかつて台湾の宗主国で、中国は現在、領有権を主張して譲らない。では、世界史的に見れば、台湾と日本との関係、台湾と中国との関係、さらには日本と中国の関係についても世界の中で相対化する必要があるのではないか。そうした目的から私は彼に講談社の「興亡の世界史」シリーズを紹介した。
日本の大手出版社が数年ごと、冒険的に出す世界史シリーズは各国で好評だが、版権取得に資金がかかり、売れなかった場合は会社がつぶれる危険性もある。それでも富察氏は堅い意志でそのシリーズを購入し、数年かけて刊行した。
「興亡の世界史」シリーズの中国語版は成功した。当然、対岸の中国も出版したいと交渉してきた。台湾の翻訳は精確でレベルも高い。問題は内容だ。「興亡の世界史」シリーズの日本人歴史学者の見方は大抵、中国政府と合わない。検閲が通らないと、一方的に改ざんされる。中国による改ざんに複数の日本人歴史学者が抗議していたのを私は傍らで見ていた。改ざんされても、日本の研究水準の一端を中国の読者に伝えたい、と彼は努力していた。
では、何が検閲で引っかかるのか。例えば、シリーズの中の杉山正明・京都大学名誉教授による『モンゴル帝国と長いその後』は、ユーラシア史の中のモンゴルの活動とその継承国家である清朝や帝政ロシアの変貌について述べているが、モンゴルは世界的な民族であって、「中国の少数民族」としては収まらないこと、民族問題の遠因には今の中国政府の不寛容があると示唆している。こうした本を読めば、中国のモンゴル人たちが栄光の過去に目覚め、立ち上がって民族問題を起こすのではないか、という杞憂が北京当局になかったとは言えない。
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