コラム

上海で拘束された台湾「八旗文化」編集長、何が中国を刺激したのか?

2023年05月01日(月)11時30分

「満洲人は漢化しなかった」

富察氏は満洲人である。当然、大清帝国を建てた祖先の歴史にも関心が強い。彼は父祖の真の歴史を知ろうとして、ハーバード大学のマーク・エリオット教授を代表とする「新清史」の作品を積極的に翻訳し公刊した。

新清史が登場したのは1990年代。清朝の支配者である満洲人が残した満洲語とモンゴル語の資料を読み込み、人類学の理論と併せて分析する斬新な研究手法である。満洲語とモンゴル語は清朝の公用語なので、第一次史料を使うのは歴史学の基本中の基本である。そして、人類学の理論を駆使して見ると、満洲人は「漢化」していなかったという事実が明るみに出た。それまでの中国の歴史家と政治家による解釈と正反対の結論である。中国は「武力の面では満洲人とモンゴル人に負けていたが、偉大な中華文明が最終的に野蛮な満洲人を同化した」と自負していた。

中国も最初は新清史の理論を歓迎していたし、歴史家たちも学ぼうとしていた。しかし、最終的には中国ナショナリズムが優勢となり、「満洲人は漢化しなかった」との見解も許容できなくなった。

新清史の結論は富察氏自身の見方と一致していた。彼は満洲語こそ上手く話せなくなったが、満洲人としての誇りを持ち、満洲文化の維持と発展にも力を入れていた。そして、台湾の満洲学者に就いて満洲語も学習していた。

富察氏の個人としての信念、編集者として携わってきた出版が「国家に有害な活動」とされ、拘束されたと中国は認めている。1日も早く彼が解放されるよう、日本の出版界と研究者たちも声を出してほしい。そうしなければ、いずれ日本の出版界と学界も中国から干渉を受けることになるだろう。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story