コラム

モンゴル人に対する文化的ジェノサイドの首謀者は習近平

2021年03月20日(土)15時30分

モンゴル語教育撤廃に高まる反発(昨年9月、ウランバートル)RENTSENDORJ BAZARSUKHーREUTERS

<全人代で内モンゴル自治区の代表者らが集まる分科会に乗り込んだ習は、あろうことか「共通言語」の普及強化を自ら指示した>

中国政府が昨年夏から南モンゴル(中国は内モンゴル自治区と称する)に対して文化的ジェノサイド政策を一方的に進めてきた。その「首謀者」が、ほかならぬ習近平(シー・チンピン)国家主席だったことが判明した。

3月5日から開幕した全国人民代表大会(全人代)でそれが明るみに出たのである。年に1度、3月に開会される全人代。昨年は武漢発の新型コロナウイルスがパンデミック(世界的大流行)を起こし、国内でも批判が高まっていたことから5月に延期せざるを得なかった。

それでも中国は南モンゴル人に対する弾圧と同化策を緩めなかった。6月末には突然、9月から教育におけるモンゴル語を大幅に削減して漢語(中国語)に切り替えるとの政策が打ち出された。

モンゴル人の生徒たちと保護者らは強く抵抗し、是正を求めた。南モンゴルにおいて、草原は中国人入植者に占拠されて農耕地にされ、伝統的な遊牧はほぼ完全に姿を消し、モンゴルらしさは言語以外に何も残っていないからである。

それだけではない。1966年に発動された文化大革命では南モンゴルで34万人が逮捕され、12万人が負傷し、3万人近くが殺害された。当時のモンゴル人の人口は150万人弱だったので、圧倒的多数を占める中国人すなわち漢民族に一方的に殺害されたジェノサイドとして記憶されている。

これ以上の同化政策は文化大革命の再来を意味するのではないか、とモンゴル人は声を上げた。そして同胞の国、モンゴル国と世界各国に住むモンゴル人も抗議活動を展開したが、中国当局は真摯に対応しなかった。逆に多数の教育関係者と幹部たちが逮捕されたり、政治的思想教育(洗脳)を受けさせられたりして、弾圧は強まる一方だ。

こうした文化的ジェノサイド政策を正当化するかのように、習は全人代開会中に内モンゴル自治区の代表者らが集まる分科会に出席し、あろうことか、「国家の共通言語と文字の普及」の一層の強化を指示した。

習が言う「国家の共通言語」とは漢語を指す。これは明らかに昨年夏に起きたモンゴル人の抵抗運動を否定するための発言だ。モンゴル人が母語による教育を受ける権利を剝奪して、中国人に同化させようとする政策も、彼が主導して制定したと断じて間違いなかろう。

習には新疆ウイグル自治区における「成功モデル」がある。2014年から同自治区の学校ではウイグル語の使用が禁止され、ウイグル語教育はほぼストップしたままだ。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インド製造業PMI、3月は8カ月ぶり高水準 新規受

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

ユニクロ、3月国内既存店売上高は前年比1.5%減 

ビジネス

日経平均は続伸、米相互関税の詳細公表を控え模様眺め
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story