コラム

平和を礼賛する日本が強者にだけ謝罪する偽善 

2020年08月26日(水)12時00分

満蒙は黙殺されてきた(1931年、満洲を占領した日本軍)DE AGOSTINI PICTURE LIBRARY/GETTY IMAGES

<日本の植民地支配のせいで中国の専制統治下に置かれている弱者にも目を向けよ>

8月になると、あらゆるメディアが示し合わせたかのように戦争の特集を組むのは、世界でも日本独自の現象だろう。

日本人は皆、先の大戦を回顧し、口をそろえて反省の言葉を発し、平和を礼賛する。この日本的な美徳は必ずしも世界から評価されているわけではないようだ。日本人同士で語り合い、日本国内での平和が強調されるだけで、国際性が低いと批判される。周辺国がいまだに時機を見て日本に歴史カードを切っていることが、その実態を雄弁に物語っている。なぜ、日本は歴史問題が解決できないままでいるのだろうか。

20200901issue_cover200.jpg

原因は多々あろうが、最大の問題は日本が他者の立場に立って物事を考えることと、他者の視点で世界史を見渡すことができないからだろう。第2次大戦中の日本の行動が「侵略」かどうか、日本の開拓した植民地が悪か否かの問題ではない。同様なことは欧米列強もしており、日本はむしろ列強の後塵を拝していた。周辺国は、戦時中の行為だけを批判しているのではない。むしろ戦時中よりも、戦後の姿勢を問うているのだ。

軍国主義体制下から自由主義陣営に脱皮した戦後日本の言論人はリベラルと保守に分けられているようだ。リベラルの知識人と政治家は一党独裁の中国当局に謝罪し続けてきたが、台湾と満蒙(満洲と内モンゴルの大半)には一貫して冷酷な態度を取ってきた。

彼らは、「台湾は中国の不可分の一部」「満蒙は古くから中国の領土」といった中国共産党の主張を代弁してきた。台湾の将来は台湾人が決める、との目標を掲げていた史明(シー・ミン)のような独立派は、そもそも日本で左翼思想を受け入れた人たちだった。本来なら日本のリベラル系闘士らと独立派は相性がよいはずなのに、彼らは一向に台湾人の悲哀に耳を傾けようとしなかった。

満蒙も同じだ。戦前と戦中においては、満洲国に渡ったことがあるリベラル系の人たち、例えば大宅壮一や石橋湛山らは声高にモンゴル独立を唱えていた。保守派は当然、大日本帝国の属国としての満洲国を擁護していたので、両者は対立していた。戦後になると、日本のリベラル派は中華人民共和国の中国人にだけ謝罪し、満洲人とモンゴル人の存在を黙殺してきた。まるで中国人が満洲人とモンゴル人の主であるかのように、主にだけ謝罪し、「下僕」は無視していてもいい、という顔をしているのではないか。

これは強者にだけ陳謝し、弱者を無視するという偽善に満ちた思考方法ではないか。保守派は、植民地運営の功績を強調したがる。インフラ整備など近代化の促進に宗主国日本が熱心だったのは事実だろう。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story