コラム

市場経済で遊牧民は貧困化──独裁者復活がモンゴルを救う?

2019年01月11日(金)17時00分

ウランバートル中心部の広場に集まる反政府デモ(18年12月27日) Rentsendorj Bazarsukh-REUTERS

<零下20度の首都ウランバートルを揺るがす反政府デモ、現地で直面した国民の怒りと「元帥」への思慕>

2019年1月1日、筆者はモンゴルの首都ウランバートルで新年を迎えた。新春とは名ばかりで、マイナス20度に達するほどの厳冬だが、政治だけは熱気に満ちている。

1991年に社会主義体制が崩壊して民主化が実現して以来、政局は混乱が続いてきた。最大の原因は、「草原の民」モンゴル人が自由主義市場経済とグローバリゼーションといった資本主義に慣れていないからだ。

遊牧民は大草原に分散して、一戸一戸単独で家畜の放牧を行い、緩やかな部族集団を形成してきた。普段は独立精神が強く、上からの統率に簡単に従おうとしない。だがカリスマ性に富んだ優れたリーダーが誕生すれば、はせ参じて全財産を寄付し、全身全霊で追随し奉仕する。13世紀に世界帝国を築いたチンギス・ハンはその代表だ。

20世紀では「独裁者」チョイバルサン元帥がその典型だった。彼は45年8月にモンゴル国軍を率いてソ連の対日宣戦に参加。内モンゴルや新疆北部を含めたモンゴル人による民族国家統一を果たそうとしたが、強大化を恐れるソ連によって阻止された。国際共産主義陣営の最高指導者スターリンに度々異を唱え、国内では強権的な手法で世界第2の社会主義国家を率いた。

ウズベク成功の2つの鍵

チンギス・ハン以降、孤高にして独立精神の強いモンゴル人を束ねることができたのは、チョイバルサンくらいだろう。彼は今も国民に人気が高い。

だが社会主義体制が消えた後、この国の政治は未熟の過去に逆戻りした。共産党系のモンゴル人民党と、民主化運動を推し進めた民主党が与野党逆転を繰り返すなど対立が激しく、国民の利益よりも党利党略の政争に明け暮れている。国民の我慢は限界に達し、昨秋から続いてきた反政府デモは今なお、大統領官邸前で繰り広げられている。

新年早々、筆者は高層ホテルからデモ隊を見下ろしていた。遠くに各国の大使館が立ち並び、車の出入りも手に取るように見える。ウランバートルはトルコのイスタンブールと並び、冷戦時代から東西二陣営の情報関係者が暗躍する場所だ。イスタンブールでは海辺の喫茶店からボスポラス海峡を観察して、黒海から出てくるソ連艦船の動向を予測したそうだが、ウランバートルでは大使館の動静が重要だ。

ソ連崩壊後の今も、ロシアと中国の出方に神経をとがらせている。特に中国は人民党と民主党双方の有力政治家に献金し、中国に有利な政策を行わせているだけではない。政局を激化させながら調停役を演じて漁夫の利を得ている。こうして中国の外交官がこの国の「闇の支配者」になりつつある、と市民は不満を抱く。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 4
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 5
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 8
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 9
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 10
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story