コラム

宣伝、観光、不法移民......ロシアで高まる中国警戒論

2019年01月05日(土)16時40分

昨年開催されたサッカーW杯ロシア大会の会場につめかけた中国人観光客 Gleb Garanich-REUTERS

<名門大学には孔子学院が常駐し、観光地には中国語の警告文――ロシア訪問で感じた極東発「中ロ激突」の予兆>

18年12月初め、厳冬のロシアを訪問した。厳寒の下、中国に対する警戒感が立ち込めているのを肌で実感する旅でもあった。

サンクトペテルブルク国立大学はロシアで最古の大学の1つで、東洋諸言語に関して権威ある研究教育機関だ。この大学のある研究棟を訪ねたら、中国政府の文化機関、孔子学院の機関誌が山積みになっていた。

最新号をめくると、「中国共産党の正しい外交政策」を宣伝する内容ばかり。政治のにおいがプンプンする雑誌だとすぐに分かった。同大学は06年に中国教育省傘下の国家漢語国際推広領導小組弁公室(漢弁)と契約を結び、正式に孔子学院を設置して今日に至る。

「中国の歴史や伝統文化に興味はあるが、社会主義の宣伝には興味がない。社会主義は1917年(ロシア革命)にロシア帝国の首都だったこの地で誕生したが、もう歴史のかなたとなった」と、職員は苦笑いしていた。

実は、中国はロシアを強烈に意識している。「ロシア革命の砲声から始まった社会主義によって、中国人民は封建主義と帝国主義の圧政から解放された」という中国共産党の宣伝を固く信じて、中国から観光客が大勢、サンクトペテルブルクを訪れる。

彼らにとって観光の目玉は、ロシア革命時に砲撃された冬宮殿を含むエルミタージュ美術館だ。一方、「教養ある優雅なヨーロッパ人」を自任するサンクトペテルブルク市民にとって、どことなくやぼったく見える観光客が声を荒らげ、真白な雪に覆われた街並みを損なう行為は我慢ならないそうだ。

雪の街並みに中国語看板

「唾を吐くな」「カップラーメンの食べ残しをトイレに流すな」といった厳しい表現で中国語の注意書きが至る所に貼ってある。粗野な行動を戒めるのに、孔子学院で学んだ中国語が役に立っているのかもしれない。

ソ連崩壊直後に比べて、ロシア人の表情は明るくなっている。それでも「同じロシアでもヨーロッパ方面はよいが、極東地域が心配だ」と現地の知人たちは危惧する。ロシアの極東地域は人口わずか600万人であるのに対し、国境の向こうの中国東北3省には1億1000万もの中国人が住んでいる。

観光客だけなら人民元を落としてくれる利点もあるが、問題は中国人移民だという。ロシアの極東地域には既に100万人以上の中国人が暮らしているが、不法滞在者を含めるともっと多いはずだと報じられていた。

平和的な隣人ならいいが、ロシアを訪れる中国人は「サハリンを含む極東地域はわが国の固有の領土だったが、帝政ロシアに取られた」と主張する。中国国内のネット上では、「強大になったわが国はロシアとの間で結んだ不平等条約を見直し、失われた領土を取り戻すべきだ」といった強硬論も横行している。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

リトアニアが緊急事態宣言、ベラルーシの気球密輸が安

ワールド

タイとカンボジア、国境沿いで衝突拡大 停戦維持が不

ビジネス

ドイツ輸出、10月は米・中向け大幅減 対EU増加で

ワールド

米軍、重要鉱物の国内精製施設開発へ 中国依存からの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 10
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story