コラム

ドイツ人があがめるのは、マルクス像か中国マネーか

2018年05月19日(土)13時50分

生誕記念式典で除幕されたマルクス像(独トリーア) Wolfgang Rattay-REUTERS

<「共産主義の父」マルクスの生誕200周年で生じた分断――『資本論』を裏切って搾取を重ねる中国共産党の矛盾>

中国は5月、ドイツに「毒」のある贈り物を届け注目された。

そのプレゼントとは思想家マルクスの銅像で、高さは5.5メートル、重さは2.3トンある。5月5日のマルクス生誕200周年を祝うために、中国政府を代表して国務院新聞弁公室の郭衛民(クオ・ウエイミン)副主任が生誕地のドイツ西部トリーアを訪れて銅像の除幕式に参列。「中国共産党はマルクス主義を継承し、中国の実情に合わせて発展させている」と挨拶し、マルクスと中国共産党との特別な関係を強調した。

銅像の設置をめぐり、ドイツで議論が沸き起こった。マルクスを「共産主義独裁者の土台」と見なす人々は、過去の東西分断とソ連統治時代の暗黒を思い出すと主張。推進派は「今こそマルクスの理論を考察するよい時期」と応戦。賛否を横目に、市議会は年間10万人と推定される中国人観光客を期待して、銅像の受け入れを強行した。中国が関与してくると現地社会に分断をもたらす、という典型例だ。

私も93年に寒村トリーアを訪れたことがある。マルクスの旧居を利用した質素な博物館には代表作『資本論』が展示されていた。「ユニークな学説を出した学者」との控えめなキャプションがいかにもドイツらしかった。『資本論』は「利潤の追求」イコール搾取という資本主義の本質を指摘し、古典の地位を獲得したと経済学者は評価する。

共産主義国の「大虐殺」

もう1つの古典である共著『共産党宣言』では階級闘争を軸に、人類社会は階級間の闘争で進化してきたと提唱。共産党員は「搾取階級」を消滅させて、万国を超えたコミューン(共同体)を建設すると宣言した。

産業革命以降の西洋社会に照らせば、マルクスの考察に一理はある。一方、ヨーロッパ以外では空論同然という事実も明らかになっている。マルクスは、同時代のアメリカ人文化人類学者による米先住民社会の研究を丸写ししてまで自説の普遍性を補強したが、徒労に終わった。

ただしマルクスがアジアに関して、「専制主義的で立ち遅れた生産様式」から飛躍できない、と喝破していた点はうなずける。中国はマルクスの学説を制度化して社会主義国家を建設したが、専制主義体制と立ち遅れた生産様式からいまだに離脱できないでいるからだ。

そもそも中国共産党は、日本を経由してマルクスの学説に出合った歴史がある。同党の創設者である陳独秀らが20世紀初めに日本に留学し、日本語で『資本論』を読みあさっていた。「共産」「主義」「革命」「民主」といった用語は全て日本語からの逆輸入だ。

30年代に中国共産党のエリートたちがソ連の首都モスクワで学ぶようになると、陳らがロシア語やドイツ語で共産主義の理論を勉強してこなかった経歴は「汚点」とされた。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ニデック、26年3月期は8.2%の営業増益見込む 

ビジネス

カプコンの25年3月期、営業益17億円上振れ 市場

ワールド

トランプ氏、大学に一段の圧力 奨学金巡る認定厳格化

ビジネス

日経平均は続伸、米中摩擦緩和の思惑 イベント控え様
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 6
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「iPhone利用者」の割合が高い国…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story